不相応な感情との別れ方






この想いを抑えて押さえて堪えて殺して今日も俺はお前の隣に居る





初恋の人が同性だった時の絶望は同じ体験をした奴にしか分からないと俺は思う、本当はもっと前からそういった意味で俺は彼の事が好きだったのかもしれないが自分の想いに気付いたのはつい最近だ、そもそも彼は自分が生まれて初めて出来た友人で他の奴よりも群を抜いた好意を持っていたがそれがそういった意味での『好き』になるなんて俺は夢にも思っていなかった、それまでに何度も恋をしているのだと思しき症状は実の所見受けられていたが自覚したのは本田にキスした時だ





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友人の多い本田は放課後いつも誰かに誘われて帰っている、それは従兄のアルフレッドやフランシスだったり同じクラスで同じ部活に入っているフェリシアーノやルートヴィッヒだったり様々だ、軽く争奪戦に近いそれは馴染みの光景だが俺にとっては面白くないものだった、けれどその日は偶然にも全員予定が入ってしまっているらしく俺が本田を誘って一緒に帰る約束を取り付ける事が出来た、これまでも何度か一緒に帰った事はあるがその時はアルフレッドだとかフランシスだとかが一緒で二人きりでは無いまさに僥倖だと喜んでいた自分はその後絶望する事になるなんて知る由もなかった、放課後二人で歩いている時俺は教師から不運にも仕事を任されてしまうそれも締切が今日までだと言う無茶なものだった、いきなりそんな事を頼まれても困ると最初は無理だと押し切ろうとした、だがよくよく聞いてみるとそれは一週間前から俺に頼む予定の仕事だったがその教師は丁度一週間前インフルエンザを引いてしまい今日まで寝込んでいて頼む暇が無かった上休んでいた為他の仕事で今は手がいっぱいらしい、それでも俺は折角の本田と帰る機会を無駄にはしたくなくて断る心づもりで居たが当の本人に仕事が終わるまで待っているからやってあげてはどうかと言われては俺も断りようが無かった、本田を生徒会室のソファに座らせて俺は執務机に机に座り渡された書類に目を通し不備が無いか確かめる、早く終わらせようと集中し過ぎていた所為か時間感覚が麻痺していた自分は最後の書類に目を通した時時計を見て驚く、少なくとも生徒会室に入ってから2時間は経過していた、待たせ過ぎたと焦る俺はソファに居る本田に目を遣る、だが本田は読みかけの漫画を膝に乗せてソファに背を預け目蓋を閉じすうすうと寝息を立てていた、俺が傍に寄って顔を覗き込んでもそれは変わらない、上下する胸や微かな寝息に何だか落ち着かない気分にさせられ起こそうか起こさないか迷っていた時だった、何かの拍子に本田の身体がぐらりと傾いてソファから落ちそうになる、俺は咄嗟にその身体を受け止めるとふわり、と本田の髪の香りがしてその瞬間ぞくりとしたものが背筋を走る、腕の中に居る本田は余程眠かったのかそれでも起きる気配は無い、本田の身体を支える腕から体温が自分にも伝わって来て頭がくらくらする視線が薄く開いた唇から逸らせない理由もドクドク、と激しく脈打つ鼓動の意味も分からないまま俺は誘われるように本田の唇に自分の唇を重ねた、やわらかいその感触にたまらず喉が鳴る、もっと深く重なりたくて思わず舌を差し入れようとした時、本田が寝苦しそうに呻く、それで俺はやっと我に返った

『・・・ッ!?!?』

飛び退くようにしてそこを離れる、全身が心臓になってしまったのかのようにばくばくと激しく心臓が脈打ち、胸が張り裂けそうに痛んで苦しい、これは前々から本田と一緒に居ると生じるものだったがその時の痛みはそれを遥かに凌駕するものだった、俺はさっき何をした、本田の唇から目が逸らせなくて、それから顔を近づけて・・・眠っている本田に手を出した、幾らか冷静さを取り戻した時俺はとんでも無い事をしてしまった事にやっと気付いた、何で、本田は男で、大切な友人なのに、俺は・・・脳はこの事態を処理しようと高速で回転しているがぐちゃぐちゃの思考を更に掻き混ぜただけに終わる、震える手で頭を押さえて深く息を吸い込み吐き出す、それを幾らか繰り返せば大分頭も冷えてくる、だがそれと同時に俺は絶望的な事実を突きつけられる、俺は、きっと、本田に恋をしている、いつも本田と居ると胸が痛むのも、鼓動が速くなるのも他の奴らと話をしている所を見ると自分だけと話をすれば良いのにと思ってしまうのも、それらはすべて俺が本田をそう言う意味で好きだからだと考えれば説明がつく、今まで友達が居た事が無い自分は友人を持つとこんな感情を抱くものなのだと思っていたがそうじゃない、それはきっと友人に抱くには逸脱し過ぎた感情なのだと本田にキスをしてからやっと気付いた

『嘘、だ・・・こんなの・・・ッ!』

こんなの告げる前から終わった恋だ、本田が異性を好きな事なんて聞かずとも分かる、同性の友人から好きだと言われた所で気持ち悪いに決まってるいつも穏やかに笑みを浮かべる本田が嫌悪の対象として俺を見る所を想像しただけで吐きそうになった、そんなの俺にはとてもじゃないが耐えられない、そうなってしまう位なら俺は例え自分の想いを殺す事になったとしても本田に胸の内一切を告げずにこのまま友人として過ごす事を選ぶ

『ごめん、本田・・・』

キスしてごめん、好きになってごめん、でも言わないから、ずっと良い友人として過ごすから、こんな俺を許してくれ、感情を処理しきれずに狂った涙腺が次々と生み出すそれをそのままに俺は覚悟した





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あれから俺はいつも通り本田の友人として毎日過ごしている、本田は以前一度振る舞った俺の紅茶を大層気に入ったらしく放課後俺が生徒会室に居る時は本田自ら紅茶を飲みに来てくれるまでになった、友情が深まるのは素直に嬉しい、でも俺の邪な想いを知らずに俺に心を許してくれている本田を見るとズキリと胸が痛む、でも本田は知らなくて良い、俺がキスした事も俺がお前を想っている事も、全部知らなくて良いんだ

「アーサーさんの紅茶は本当美味しいですね」
「そうか、なら良かった」
「この前淹れ方を教えて貰ったのに自分でやるとどうしてもこの味にならないんですよね・・・不思議なものです」
「手順でも間違ったんじゃないか?」
「メモに書かれた通りにやりましたよ、これで手順が間違っているならアーサーさんの落ち度ですから、お詫びとしてもう一杯紅茶を淹れて下さい」
「お、お前なあ・・・」
「冗談ですよ」

本田と過ごすうちに色々な発見があった、実はかなり食い意地が張っていること、穏やかそうに見えて心を許した者には以外と容赦無い上毒舌なこと、真に親しい者にしか見せない態度に自然と口角が上がる、他愛無い話をしながらソーサーからカップを取り上げ紅茶を口に含み飲み干す、本田は絶賛していたが俺にとっては酷く苦い味だった





2011.10.03





あとがき
(ちなみにアーサー:生徒会長、本田さん:漫画研究会所属 でお送りしています)