ピピピピ・・・ピピピピ・・・
「あ゛ー、くそ・・・」
何だか身体がだるくて寒気がすると思い体温計で熱を計ってみれば案の定そこには普段の体温よりも若干高い数値が表示されている、けれど高いとは言っても微熱程度だ今日は特に体育等の激しい運動をする授業は無いしこれなら出ても大丈夫な筈だと自分自身に言い聞かせ俺は制服に着替え学校へ向かう、午前の授業は頭が若干痛かったがまあいつもと変わりなく受けられた、だが昼休みを過ごして午後の授業を受ける頃には控え目な頭痛が次第にふてぶてしくなりガンガンと頭が痛み出す、教室に響き渡るように大きな声で授業をしてくれている教師には申し訳ないがうるさい、少し黙れ、と思わず口走りそうになる位酷いものだった、それに比例するように身体の寒気も酷くなり何だが頭がぼう、とする、目に涙の膜のようなものが出来ているように感じるのは多分、気の所為じゃない、放課後になりますます酷くなる症状、こんな状態では流石に生徒会の仕事をする気は起こらず今日はもう髭に全部仕事を押し付けて帰ろうと鞄を持ち廊下を歩いている時だった、向かいから本田が歩いてくるのが見えて俺はいつも通り友人らしく挨拶でもしようと思ったが丁度その時酷い眩暈に襲われる、持ち直して瞳を開ければ何故か本田が目を見開き口を動かしているが俺はその声を聞きとる事が出来ない、ごめんもう一回言ってくれ、本田、と口を動かす前に身体にどん、と衝撃が走り俺は急速に重みを増す目蓋に従って瞳を閉じた
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寒い、最初に思ったのは身体全体を苛むそれだった、除々に浮かび上がってきた意識だが目蓋を開けるのは何だか億劫で瞳を閉じたまま俺の意識は覚醒する、相変わらず頭が重い、身体の位置や上に被さった厚めの布(多分掛け布団だろう)の感触から自分が居るのはベッドの上だという事は分かるがどうして俺がこんな所に、そう思った瞬間額に何かひやりと冷たいものが乗せられて思わず俺は瞳を開いた
「本田・・・?」
視界に映ったのは予想外の人物で俺は少し驚いた、本田は俺が目を覚ましたのを見ると少しほっとしたような表情を見せた
「良かった、気が付いて・・・アーサーさんいきなり目の前で倒れたんですよ?私本当にびっくりしました」
気遣わしげに俺を見る本田に性懲りも無く俺の胸は締め付けられる、悪い、と本田に謝って俺は切ない痛みを誤魔化しながら周りを見渡した、ベッドの周りにカーテンがかかっていて部屋全体は見えなかったがこのベッドもカーテンも見覚えがある、部屋を漂う消毒液の匂いからここが保険室だと考えてまず間違いは無さそうだ、俺は廊下で倒れていた訳だからここまで自力で来るのは不可能、だとしたら俺をここまで運んで来てくれた人が居るということになる
「もしかして、本田がここまで連れて来てくれたのか?」
「ええ、まあそうですが」
「すまない・・・」
「何水臭い事言ってるんですか、そんな事より病人は自分の事だけ考えて下さい」
ピピピピ・・・ピピピピ・・・
言い終わった時丁度脇に挟まれていたらしい体温計が鳴る、あ、ちょっと失礼します、と本田は言って俺の脇に挟んだ体温計を手に取り表示を見た瞬間顔を顰めた
「7度8分・・・今日はもう帰って速攻安静にして下さい」
「ああ、そうさせて貰う・・・」
「お家の人に迎えに来て貰います?」
「いや、この位なら自分で帰れる」
上体を起こすと急に体勢が変わった所為で頭がくらりと揺れる相変わらず容赦なく熱は身体を蝕む、はあ、と熱い息を吐き出すが身体は寒気を感じてたまらない、寝ている時よりも酷くなった頭痛を堪えてベッドから降りれば本田はふらつく俺の身体を支えてくれた、添えられた掌から伝わる体温にどくり、と身体が脈打ち汗が噴き出すような気がした、そんな自分に止めろ、落ち着け、何も考えるなと言い聞かせて邪な想いを打ち消す
「強がるのはいいですがふらふらじゃないですか、私も一緒に帰ります、鞄持ってきますから待ってて下さいね」
本田は俺を自分が座っていたパイプ椅子に座らせて鞄を取りに保健室の奥へと歩いて行った
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帰り道早々に俺の鞄は本田に取り上げられてしまった、俺としては本田に鞄を持たせる等以ての外だったが本人はそうではないらしい、病人に持たせる鞄はありません、と頑なに俺の鞄を手放さない、あまり中身は入っていないのが救いだろうか本田は左手で二つの鞄を持ち右手を俺の腰辺りに添えている、自力で歩く事は出来るが時折どうしてもふらついてしまう俺の身体を支える為だ、この体勢でもうどれ程の時間が経ったのだろう時の流れがとても遅く感じる、支える為とはいえ本田の身体が俺の身体に密着するようなこの体勢は正直、辛い、熱の所為では無く体温が上昇して更に頭がぼう、として身体が汗ばむ、浸食する熱に思考まで侵され段々とこの状況の現実味が薄れていくような気がする、そんな自分にしっかりしろと言い聞かせながら俺はちらりと本田を見遣る、本田は暫く帰り道を歩いた位で喋らなくなった、俺の様子を見てもう喋るのも億劫な事を分かってくれたんだろうきっと、気遣わしげに俺の方を見詰める視線を何度も感じて申し訳ないと思うと同時に嬉しさも感じる、弱っている所為か本田の優しさがいつも以上に身に沁みて何だか泣きたくなった、本田に抱いた恋心を隠さなければ無くさなければと思う自分とは裏腹に本田の事を知れば知る程惹かれている自分が居る、もうどうしようも無い程好きで好きでたまらない、今でも本田にキスしたあの時の事や自分の欲望が忠実に現れた夢を度々見てしまう程にはこの存在に焦がれている、夢を見ている一瞬は心が満たされるが醒めた後はいつも酷い罪悪感にかられる夢で友人を穢した自分、諦めの悪い自分に嫌気が差す、寒い、思考を中断させる悪寒に身体を震わせると本田の手が優しく背中を擦ってくれる、あれ、どうして本田がこんなに近くに居るんだ、現実でこんなに近くに本田が居る事なんて
今まで無い、だったらこれは夢か、俺の欲が見せる都合の良い甘い夢、心の片隅では違う、分かってる筈だ、これは夢なんかじゃないと叩き付けるように叫ぶ自分が居るけれど上昇した熱でふわふわとした気分では現実感も理性の蓋も何もかもが遠い所にあった、箍が外れてしまえば堰き止められていた想いが次から次へと溢れ出す、俺を支えるこの存在が心の底から好きなのだと改めてそう思った
「・・・すき」
「アーサーさん?」
「好きだ、本田・・・」
言葉の意味を計りかねてきょとんとした本田に俺は夢で何度もしてきたようにそっと顔を近づけ自分の唇を重ねた、その瞬間相手の身体がびくんと跳ねた、ふと俺は違和感を覚える夢の中の本田はそんな反応を見せた事が無かったからだ、唇を離して顔を見ると本田は口元を手で押さえ僅かに後ずさったその表情はひたすら困惑に彩られていて、急速に熱が冷める、ばしゃり、と冷や水を浴びせられた気分だった
「え、アーサー、さん・・・?」
俺は今本田に何をした、思いだして勢い良く血の気が引く、言い逃れなんて出来ない俺はあろうことか本田に決して告げた無いと決めた想いを吐き出した、好き、なら逃げ道はあったかもしれない、友人としての好きなのだと考える事も出来る、だがその後俺は逃げ道を自分の手で塞いでしまった、もう駄目だ、こんな事をして嫌われない訳が無い、本田の顔がもう見れない、その表情が嫌悪一色に染まっているのなんて容易に想像出来る、俺は馬鹿だ、救いようもない馬鹿だ
「ごめん、本田・・・」
本田の顔を見ずに俺は全力で走った、いや逃げた、もう一秒たりともその場に居たく無かった、身体が悲鳴を上げるがもうどうでも良い壊れるなら壊れてしまえば良いどこにそんな力が残っているのか自分でも分からないが俺はとにかく走った、もう終わりだ何もかも、本田に知られてしまった、キスしてしまった、好意を踏み躙った、想いを裏切った、もう戻れない、あっという間に家に辿り着いた俺はバタンと乱暴に自室のドアを開けて中に入りドアを閉め鍵をかけるとそれまで押し留められていた暴力的なまでの痛みと熱が襲ってくる、そのままずるずるとドアに背を預けしゃがみ込む、痛い、苦しい、怖い、寒い、
かたかたと肩が震えて手で押さえるが震えは止まらない、熱い身体と対照的に身を切るような寒さを感じる凍えてしまいそうだ、最後に見た本田の顔が頭で何度も再生される、戸惑ったような信じられないものを見るような表情、そうだよな、今まで何食わぬ顔で隣で歩いていた友人が自分にそんな感情抱いてるなんて夢にも思わないよな、気持ち、悪いよな
「ごめ、本田・・・ごめん・・・!」
吐きそうな程胸が痛み、視界が滲む、涙は留まる所を知らずに洪水のように次々と溢れだす、こんな事ならいっそ出会わなければ良かった、一瞬でもそう思った自分が酷く自分勝手で自己嫌悪に陥る、そんな自分勝手な自分にはこれがお似合いの結末なのかもしれない
一人の部屋で自分を抱きしめてアーサーは涙が枯れるまでひたすら泣き続けた、慰める相手も叱咤する相手も居ないそこはただただ身を切るような孤独で満たされていた
2011.10.06
あとがき
(続きます)