俺は必死で本田を探している、あの時の事をせめて謝りたかった、けれど探しても探しても本田は見つからない、途方に暮れそうになった時遠くにだがその後ろ姿を見つける事が出来て俺は疲れた身体に見向きもせずに全力で走る
『本田!本田!!』
呼んでも本田は歩みを止めない、けれど歩いている本田と走っている俺の距離はすぐに縮まった、一向に前を向いたまま歩き続ける本田に止まって欲しくてその腕を取ろうとするがそれは本田に触れる前に彼自身の手によってはたき落とされる、やっと俺の方を向いてくれた本田だったがその顔を見て心臓が凍りそうになる、俺の知らない表情を本田はしていた、まるで蠅のたかった汚物を見るようなそんな目で本田は冷たく言い放つ
『触るな、気持ち悪い』
叩き起こされた時みたいに俺の意識は急に覚醒した、熱特有のだるさや腫れあがった喉の痛みをじわじわと知覚する
「また、こんな夢か・・・」
げほ、と咳を一つして俺は呟く、本田に無視され続ける夢、散々罵倒される夢、泣かれる夢、は既に見ている、夢とはいえやはり本田にそんな態度を取られると参る、起きてからも未だに早鐘のように脈打っていて心臓に落ち着け、と言い聞かせて俺は深呼吸をした、げほ、空気を吸った所為でまた咳が出る、不意に頬がひんやりとしている事に気が付いて俺は自嘲気味に笑う、どうせまた夢に魘されながら泣いていたんだろう、もういい加減慣れてくれればいいのに、慣れるべきなのに、自分の弱さに辟易としながら俺は乱暴に涙を拭い去った
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あの日から二日経ちようやく俺は本調子に戻った、現在朝7時、念のため体温計で体温を計ってみたが異常は無い、けれど身体はやけに重たく感じる、これは身体的なものではなく精神的なものからだろう、心を落ち着ける為に俺は瞳を閉じる、
本当は逃げ出したい位怖いけれどもう自分は充分逃げた、現実と向き合う心構えをする時間もあったのだからもう逃げる事を選択する訳にはいかない、学校に行ったら本田に謝ろう、気持ち悪がられるのは目に見えているし本田としても俺となんか話しもしたくないだろうがそうしないと俺はずっとあの時逃げた俺のままだ、けじめは付けなければならない、本田がもう俺の顔も見たくないと望むのなら今後一切俺は本田には関わらないつもりだ、覚悟はもう決めている、瞳を開き息を吸い込む窓の外は眩い朝の光が満ち溢れているが俺の心はちっとも明るくならなかった、制服に着替え、朝食を食べ、自室に戻り鞄を持った所で俺はふと気が付いた、あの日俺の鞄は確か本田が持っていた筈だ、今の今まで忘れてしまっていたが本田が持ったままの鞄が何故俺の部屋にあるのだろうか、疑問を感じ屋敷の者に聞けば俺が屋敷に逃げ帰ったその日に本田は俺の鞄をわざわざ届けに来てくれていたらしい、俺は熱があったので部屋で休んでいるからと執事が受け取り俺の部屋まで持ってきたという訳だ、一応俺にその旨を伝えてくれていたみたいだが俺は情けない事に人の話をまともに聞ける状態では無かったのですっかり左から右へと聞き流してしまっていたようだ、本田が俺の鞄を届けてくれたことで少しだけ心が晴れた、俺の鞄なんて持っていても仕方が無いし届ける他無かったのかもしれないがそれでもそこに一抹のぬくもりを感じて、なんだか泣きそうになった、けれど期待はしない、そんな事を俺が思うなんておこがましいにも程がある、それでも本田が持ってきてくれた鞄のお陰で身体が若干軽くなった我ながら現金だと思いながら俺は本田が届けてくれた鞄を携え屋敷を出た、自分の想いに決着をつける為に
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気持ちを固めたにも関わらずいざこれからの事を考えるとやはり緊張して授業の内容は全く頭に入って来なかった、そうこうしている内にいつになく早く6限目が終了して気付けばもう放課後だ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッと鼓動する心臓を宥めるように俺は大きく息を吸って吐く、こんな時こそ冷静になれ、ちゃんと自分の言葉で本田に俺は謝りたいし鞄の礼も言いたい、自分の気持ちは例え言葉にしたとしても自分の思っている事全部は相手に伝わらない、だから尚更自分は本田としっかり話さなければいけないんだ、焦って自分の喉を自分で締めてしまっていてはそれすら儘ならない、深呼吸をして幾らか落ち着けた俺は本田の教室に向かう為教室を出る、廊下を歩いてすぐの事だった、本田の教室に行く途中タイミングが良いのか悪いのか俺は本人とばったり出くわしてしまう、目と目が合って俺達は立ち止まる、俺を見ても本田はいつものように笑わない無表情なままだ、ああ、もう笑いかけてはくれないんだなと思うと胸がずきり、と痛んだ、夢で経験して散々した光景だがやはり実際こうなると堪える、痛い
「アーサーさん、風邪、治ったんですね」
「ああ、もうすっかり良くなったよ」
危惧していた状況よりは断然本田の様子は良いものだったが内心ではどう思っているか分からない、
本田の話し方が淡々としていて言葉にあたたかみは感じられない、言葉自体は俺を気遣ってくれているようにも取れるが、もう治ったのか、と言外に言われているような気分になる、話しこそしてくれているが本当は話すのも嫌で嫌でたまらない、もしくは俺の事が気持ち悪いけれど人通りの多いここでそのような表情をするのも憚られるのでその想いを押しこめているのだろうか
「俺の鞄、本田が持って来てくれたんだってな、ありがとう」
「そんな、大した事じゃないですよ」
変わらない表情に折れそうになる心をなんとか奮い立てて俺は本田に問い掛ける
「急ですまないが本田、お前に話したい事があるんだ今日、構わないか?」
「ええ、大丈夫ですよ、私もそのつもりだったので」
怖い、無表情な本田から放たれる言葉に一々俺は恐怖する、だが表にはそれを出さないように最大限努力して相手を見詰めた
「そうか助かる、なら体育館裏に来てくれ、待ってるから」
「分かりました、荷物を取り次第すぐに向かいます」
向き合うと決めたんだ、俺は逃げない
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体育館裏で待っていると本田はすぐにやって来た、相変わらずの無表情はその裏にある感情を読み取らせてはくれない、それでもその表情が夢のように嫌悪で染まっていない事は俺にとっての救いだった、二人きりになった途端それまでの態度が豹変して罵倒される事も覚悟していたけれど本田はそんな素振りを一向に見せない
「本田、悪かった、すまない」
目の前に立つ本田に頭を下げる、再び顔を上げると本田は少し目を丸くしていて無表情が崩れていた、その理由は俺には分からない
「自分勝手に俺の想いを伝えて、挙句の果てにキスして本当に悪かった」
本田は何も答えない、いや同性にキスされたあの時の記憶を俺が呼び起こしてしまった所為で答えるのももう嫌なのかもしれない、どうするべきか迷っている俺が口を開く前に数秒の沈黙の後、予想外に本田は俺を見詰めて口を開いた
「あれは、あなたの本心ですか」
逃げない、と決めたんだ、例え本田がどう思っていようと俺は嘘をついてこの場を誤魔化す事はしない
「ああ、紛れもない俺の本心だ、俺、本当はずっと前からお前の事そういう意味で好き、だったんだ・・・」
「・・・」
「気持ち悪いよな、ごめん」
俯いてしまった本田に緩い涙腺から涙が溢れそうになって必死にこらえながら俺は言葉を紡ぐ
「本当に、ごめん、でももうお前を想っていた事も全部無かった事にする、お前が望むなら今後一切お前とは関わらない、俺はそれを「アーサーさん」
俺の言葉を遮って本田が言葉を放つ、本田は困ったような、怒っているような一言では言い表せられない複雑な表情をしていた
「全て無かった事にする前に一つお願いがあります、構いませんか?」
「お願い?」
急に言われて戸惑ってしまったが俺を本田の願いを断る理由は何一つ無い
「ああ、俺に出来る事なら何でもする」
「ではアーサーさん、今週の日曜日空いていますか?」
「・・・確か空いてるはずだが・・・」
「なら良かった・・・確かめたい事があるのでその日一日、私に下さい」
事態が上手く飲み込めない俺だったが本田に圧倒されて取り敢えず頷いてしまう、本田はそれを見ると少しほっとしたような表情になり、それでは日曜、駅前の像の前に10時に来てください、と言い残しその場を去っていった、最後まで本田は俺を罵る事も何もしなかった、くたびれていた精神が少しだけ癒されるが本田の真意が分からない俺はひたすら困惑するしかない、本田は敢えて説明も何もせずに俺の元を去ったのだろう、だがその意図が全く読めない、本田は確かめたい事があると言っていた会話の流れからしてそれが俺関連の事は間違いないだろう、そうだと分かってしまえばどうしてもマイナス方向にしか物事を考えられない、きっと日曜日俺は本田に最終宣告を言い渡されるのだろうと考えながら約束の日まで後2日、残りの日々を俺は鬱欝と過ごしていた
2011.10.10
あとがき
(ネガティブまっしぐらなアーサー、次かその次位で完結する筈です)