不相応な感情との別れ方

早かったような遅かったような複雑な気持ちで俺は日曜日を迎えた、これから本田に会うのだと考えると緊張して朝食は碌に喉を通らなかった、きっとこれが最後になると第六感が告げている、最後なのは勿論本田と二人きりで会う機会の事だ、確かめたい事があると本田は 言っていたが相変わらず何を確かめたいのか、俺をここに呼んで何をするつもりなのか相手の意図は分からない、この事を考えれば考える程俺は最悪の結果しか考えられなくなってしまった、私服に着替え本田が言っていた約束の時間の10分前に指定された駅前の像の前に俺は立つ、これで終わりになるんだな、と考えながら震えそうになる掌を握り締める、待ち始めて少し経った頃本田が待ち合わせ場所に現れた、俺相手でも時間より前に来る本田に律儀だなと感じながらこれから何を言われるのだろうと身構える

「お待たせしてすみません」
「いや、俺もさっき来たばかりだから気にしなくて良い」
「そうですか」
「なあ、本田、今日どういうつもりでお前は俺をここに呼んだんだ?」
「それは最後に話します、取り敢えず着いて来てくれますか?」
「・・・分かった」

最後という言葉にどきりとした、やはり自分の第六感は間違っては無さそうだと思いながら俺は本田の言葉通り本田の後に着いて歩いていった





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「着きました」
「え、本田、ここって・・・・・・・・・遊園地?」

電車に揺られて数十分、歩くこと数分、本田の後に着いて辿り着いた場所は俺の予想だにしない場所で唖然とする、入場門では休日だからか早くも家族連れやカップルが多数訪れている、門の向こう側で遊園地のイメージキャラクターのネズミが客たちを出むかえているのを俺は現実離れした気分で見ていた、遊園地に確かめたい事があるとは思えないがここまで来て中に入らない訳では無いだろう、俺を遊園地に連れて来る意味は何だ、よく考えろ、もしかして本田はこのまま俺に自分にもう関わるなと告げた所で未練を引き摺った俺がその言葉を守る訳が無い、だから後腐れが無いように一日付き合うから金輪際関わるなと言いたいのだろうか?いやそれは無理がある、だったら何だ、無理矢理自分にキスするような男だから信用できない、関わるな等と言ったら逆上してキス以上の事もされるかもしれないだから今日一日遊園地で共に過ごす事と引き換えにきっぱり諦めて貰おう?だから本田は嫌々俺とここに居るから今もこんな表情なんだろうか、いやこれも何だか矛盾した考えだ、俺は益々混乱して考えれば考える程泥沼にはまっていく、もう止めようどうせ考えたって真実は本田の内にしかない、自分自身の考えで首を絞めて泣きそうになっても仕方ない、取り敢えず俺は本田の言う通りに今日過ごす、それが俺に出来る償いでもあるからだ

「チケット買いましょう」

本田の言葉に俺は頷き売り場の前に出来た列に並ぶ、ふとチケット売り場のガラスに映った自分の顔を見て思う、無表情の本田、一見すると不機嫌そうな俺、他人から見た俺達は一体どんな風に映ってるんだろうな





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チケットを買って遊園地のパンフレットを見ながら本田は進んでいく、辿り着いた場所はジェットコースターだ、いきなりのチョイスに驚いたが本田は以前絶叫系のアトラクションが好きだと言っていた気がする、放課後紅茶を飲みながら他愛無い話をしていたあの時が何だか無性に懐かしい、もうあんな風に二人で穏やかな時間を過ごす事はきっと無いんだろうな、考えているとすぐに俺達が乗る番が回って来た機内に乗り込みセーフティーバーを降ろすと係員が点検に回りいやに明るい声で手を振りながら俺達を見送る、機体は最初こそゆっくりゆっくり進んでいたが坂を上り終わった途端急加速する

「うわっ!」

予想外の速さに思わず声が漏れる、そのまま猛烈なスピードで機体は坂を滑った、あまりの速度に重力が身体にのしかかり頭蓋骨が軋みそうになるがそれも一瞬で次は急カーブを急加速で通り過ぎ、上に下に右に左に次々と機体は動いていく、最後にこのジェットコースターの売りでもある360度ぐるりと一回転するポイントを通過して機体は元の位置へと戻った、係員のおかえりなさい、という声とともにセーフティーバーが上がっても何だかまだふわふわと浮いているような感覚は消えない

「にしても凄かったなこれ、頭くらくらする・・・本田は大丈夫だったか?」

非日常な体験をした所為で色々なものが吹き飛んでしまっていた俺はジェットコースターの機体から降りながらついいつものように本田に話し掛けてしまった、言い終わった瞬間不味い、と焦り謝ろうと口を開くがそうする前に本田は無表情だった顔にほんの僅かに笑みを浮かべて俺に答えてくれた

「大丈夫です、私こういうの得意なので」
「そ、そうか、なら良かった」

久しぶりに見た本田の笑顔に胸が高鳴る、諦めて全て無かった事にするとまで言ったのにこの様だ、この想いを抱く事を許されるのもあと僅か、悪あがきするつもりは無いけれど本田から終わりを告げられるまで俺はまだこの気持ちを無に還したくはなかった





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遊園地にあるジェットコースターを全て制覇した頃にはぽつぽつとだが本田との会話も増えた、アトラクションに乗り続けた為少し遅れて昼ご飯を食べその後園内を歩いたりアイスを食べたり園内の水辺を一周する豪華客船という設定の乗り物に乗り園内を眺めたりして俺達は過ごしていた、俺はずっと栓無い事を考えていても埒が明かないと思いそれなりにこの状況を満喫していたが本田はそうではないみたいだ、俺と一緒に居るのが嫌だからなのかと思ったが様子が違う、食事をするときも園内を歩いている時もアトラクションに乗る時も何かをずっと考え続けているようだった、時々俺の方をじっと見たり、口元に手を添えて思案に耽っている姿を俺は度々目撃している、多分俺の今後の扱いについて考えているのだろう、視線を感じる度煮るなり焼くなり好きにしてくれ、と心の中で何度も呟いた、今更みっともなく本田に縋ろうなんて考えてはいない、そうこうしているうちに気が付けばもう夕方になっていて本田はいつ俺に今後の事を告げるのだろうか、考えていた時にタイミング良く本田は俺の方を見て口を開いた

「・・・アーサーさん、お話したい事があります」

覚悟を決めたような何か吹っ切れたような表情を本田はしていた、とうとうか、と俺は思った

「着いて来て下さい」

本田に言われるがまま着いて行き辿り着いた場所は観覧車の乗り場だった、確かに二人きりで話をするにはもってこいかもしれないが俺と二人密室で過ごす事に本田は抵抗を感じないのだろうか、乗り場には誰も居なかった為すぐに観覧車に乗る事が出来た、観覧車が一周するのは約15分と看板に書かれていた同時にそれは俺が本田を想う事を許される残り時間を意味している、今更だが変に緊張してきた俺は指先が冷たくなっていくのを感じた、本田と対面になるよう座った後拳を固く握りしめて本田からの言葉を待つ、だが放たれた本田の言葉は俺の予想から大きく外れたものだった

「今日一日付き合ってくれてありがとうございました」

まさか礼を言われるとは思っていなかった俺は面食らう、お辞儀をした本田が顔を上げるとそこにはいつも俺と話していた時の本田の顔があった

「お陰で自分の気持ちを確かめる事が出来ました」
「・・・『確かめたい事』ってそれだったんだな」

はあ、と大きく溜息をついて本田は苦笑いした

「あの日から今日まで随分とまあ、あなたの事ばかり考えさせられましたよ・・・全く、厄介なものです」
「すまない、本田、俺・・・」
「あ、怒ってる訳ではありませんよ、自分の気持ちに戸惑ってはいますが」
「・・・?」

本当に参りました、と首を傾げて本田は笑う、だが俺は本田の急な態度の変化にさっぱりついていけない

「本田、怒ってない、のか・・・?」
「ええ、怒ってませんよ」

その言葉に救われたような気がした、纏う雰囲気はいつもの本田らしく穏やかで、もうそんな風に本田と接する事は永遠に無いだろうと思っていた俺は無性に泣きたくなった

「でも俺の事気持ち悪いんじゃ・・・一緒に居るのも嫌じゃないのか・・・?」
「え、何でそうなるんです?」
「だってお前あの時」

体育館裏で話をしていた時確か本田はずっと前から好きだったという俺の言葉に俯き、気持ち悪いよなと言った時に沈黙で答えた、告白で俯かれて沈黙という名の肯定をされて、そして話しかけた時も今日だってずっと無表情だ、一緒に居るのが苦痛だと取るのが普通じゃないのか、と俺が伝えれば本田は決まり悪そうに視線を外した

「すみません、あの時は色々いっぱいいっぱいで・・・反応が御座なりになった事と誤解させてしまった事は謝ります」

ぺこりと頭を下げて本田は俺の眼を真っ直ぐに見詰めて言った

「私はアーサーさんの事を気持ち悪いとも一緒に居るのも嫌だとか思っていませんから」

一瞬本田の言っている意味が分からなかった、言葉の意味を理解した瞬間急に現実味が薄れてこれは俺の脳が見せる都合の良い夢なんじゃないかと思った、だが握った拳に食い込む爪の痛みで間違いなく現実だと知覚した時、一気に感情が溢れだす、安堵、そして喜び、人は嬉しい時でも涙を流すのだと俺は身をもって経験する、いつもなら情けないと絶対に他人の目の前で泣いたりしない、ましてやそれが好きな相手ならなおさらだ、でも今の俺は本田の前で泣いている事もどうでも良かった

「もう一切自分と関わるなだとか、顔も見たくないとか思ってないのか・・・?」

疑問形だが自分に言い聞かせる為の言葉でもあった、本田はそっと俺の頬に手を伸ばすとその手で流れ落ちる涙を拭ってくれた

「・・・私はここまであなたを追い詰めてしまっていたんですね、本当にすみません・・・そんな事全く思っていませんから」

言葉を聞いた途端また涙が溢れた、良かった、と呟いた自分の声は当たり前に涙声で聞けたものではないけれどそれでも本田は笑いかけてくれた

「さて、私は誤解を解く為にも色々お話しなければなりませんね・・・何からお話しましょうか?」

最初から全部、話してくれ、と言った俺に頷き本田が口を開いても俺はもう何も恐れない、きっと自分が危惧していた言葉達は本田の口から出る事はない、低く落ち着いた声が鼓膜を震わせる、その言葉に俺はそっと耳を傾けた





2011.10.14





あとがき
(次で完結する、はず・・・!)