稀によくある話をしよう

(あああああ、くそ・・・)

自分の体たらくが情けなくて思いっきり叫んで頭を掻きむしりたい気分だが隣で日本がすうすうと寝息を立てている手前起こすわけにもいかず何とか踏みとどまった。布団の中で寝る態勢をとっているというのに心臓はどくどくと無駄に早く脈を打ち目が冴えてとてもじゃないが眠れそうにない、現在俺は日本の屋敷で世話になっているだからこうして横になっている場所も日本の屋敷の寝室だ、何故日本に来ているかというと理由は至極単純で今回の世界会議は日本で行われるからだ、普通なら宿を取りそこに泊るのが筋だが日本にどうぞ泊って行って下さいと言われれば話は別だ。断る理由なんて一つもない、ましてや長年の片想いが実り恋人同士となった今、その恋人が泊りに来てくれと言ってくれているのに断る男なんか世界中を探したって見つからないだろう、そう俺と日本は半年前から付き合っている、そして今回が初めての泊まりだ。何故半年も付き合っているのに今回が初めての泊まりなのかは察して欲しい、恋人同士で泊まりともなればただの泊まりにはまずならない、そこはお互いなんとなく察していたので今まで俺は日本を屋敷に呼べども一度も宿泊を誘ったことはない、こういうのは俺から誘ったほうが良いのかもしれないが日本は空気が読めるし自分よりも他人を優先する気が多々見受けられたので俺が誘えば例え自分が快く思っていなくても首を縦に振る、そんな気がしてならなかった、双方の合意の上での行為でなければそんなものただの独り善がりだ、例え繋がれたところで得るものなんて己の快楽しかない、そんな薄っぺらい行為を俺は日本とするつもりなんて毛頭無かった為我慢に我慢を重ねて気づけば半年が過ぎていた、そして先程の日本の言葉だ、俺は念の為、『それがどういう意味か分かってるか?本当に、俺を泊めていいんだな・・・?』と聞けば日本は『おや・・・そんな事すら分からない年頃は疾うに過ぎていますよ、ご心配なく』と男前な返事をくれた、正直その時はこんな風になるなんて考えてもいなかった。今回世界会議は5日間行われる、各国の都合を考慮した結果会議の日にちは火曜日から金曜日、土日を挟んで月曜日で終わりというなんとも中途半端なスケジュールだ、当然会議が控えている日の前に体に負担はかけたくない、ならば日本とするのは必然的に金曜日か土曜日に絞られる、金曜日会議が終わり屋敷に着いて晩御飯も風呂にも入った俺だったが何故か日本はいつも通りの雰囲気で俺に接してくる為誘おうにも何をしようにもなんだか場違いのような気がする上いざ誘うとなってみると馬鹿みたいに緊張して言葉が出て来ない、日本が泊まるように誘ってくれたのだから俺がここで言わないでどうする、というか日本に俺を泊めていいんだな、と聞いておいて自分から言わないなんて格好がつかない、けれど心臓は落ち着いてくれない、喉が絞まって声が出ない、日本が誘ってくれた時はすごく嬉しかったのにいざ土壇場になると漠然とした恐怖が身を苛む、あれ、俺、何を怖がってるんだ?、自分に問いかけても答えは出ない結局その日は日本を誘えずに土曜日になる、その日出来なかったことが次の日出来るようになるかと思えばそうではない、結局土曜日も同じような結果に終わり、気づけば現在日曜の23時、俺は一体何をやってるんだろう、日本に触りたくてたまらないのにいざ触れるとなると手が震える、手を伸ばせばすぐ届く距離に日本がいるのにその距離が果てしなく遠い

「日本・・・」

たまらずに呼べば予想以上に物欲しそうな声が出てしまった、だが小声だから聞かれてはいないだろう、日本は相変わらず瞼を閉じたままだ、うっすら開いた唇、そこからたまに漏れる声がどうしようも無いほど色気を放っている、俺は目の毒にしかならない姿を横になる事で視界から無理矢理追い出してここまでもどかしい状態に自分を追い込んだ己に心の中で呪詛の言葉を吐きだした





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あれから俺は呪詛の言葉を自分に浴びせ続けていたがいつの間にかころりと眠ってしまっていたようだ、気付けばもう朝日が障子から差し込んで来ている、ぼんやりとした意識のまま布団から起き上がりふと隣を見れば布団はもう既に畳まれていて一抹の寂しさを感じた、日本は俺の事をどう思っているのだろうか、結局行動を起こせなかったのは紛れもない自分自身だ、何を思われても文句の言いようがないし言うつもりもない、肝心なところでしり込みして本当なにやってんだよ俺、もう何回呟いたか分からない言葉を心中で吐き出して頭を抑えた、違和感があった、指に当たる髪の感触がつるりとしている、そのまま手で軽く梳いてみればそれはするりと指を撫ではらりと落ちた、猛烈な違和感、俺の髪は硬めであちこちに飛び跳ねていてこんな風に重力に従順に落ちたりしないしこんなに滑らかな感触はしない

「何なんだよ一体・・・」

呟いてびくりと俺は体を震わせた、俺が呟いた筈の言葉なのに口から出た声は不機嫌そうな日本の声だったからだ、一瞬どこかに日本が居るのかと思って辺りを見渡したが姿は見られない、日本の家の妖怪の仕業かとも考えたが気配を感じない、だとすればこの声は自分から発せられたという事になる、どうしたんだ俺風邪でもひいたのか・・・?

「訳わかんねえ」

慣れない声色に変な気分になりながらふと気付いた、自分の布団の位置がおかしい、昨日確か俺は寝室の左側に敷かれた布団で寝ていた筈だったが今居る位置は右側だ、つまり俺は日本の布団で横になっているという事になる寝相が悪いならあり得るのかもしれないが俺はすこぶる寝相は良い方だここまで移動するだなんてあり得ない、朝から違和感ばかりが付きまとって何だか居心地が悪い、もしかして寝惚けているのかもしれないと起き上がり目を覚まそうと洗面台のある場所まで移動して鏡を見た瞬間俺は目を丸くした

「っ!?」

鏡には俺と同じように目を見開いた日本の姿があった、後ろを振り返っても日本はいない、鏡の前で手を軽く振ったり、顔を顰めてみせれば鏡の中の日本もそれと同じように行動する、間違いないこれは

「俺、まさか日本と入れ替わってる・・・?」

ありえない事態だがそれ以外考えられない、うそだろ、なんで、日本と俺が、どうして、頭の中に様々な言葉が浮かび上がるが理由がさっぱり分からない、そういえば日本は、俺の体はどうなってるんだ、もしかして俺が日本になっているということは日本は・・・そこまで考えて俺は急いで日本の姿を探し始めた、だだだだだ、と足音を響かせながら廊下を移動し、おーい、日本!、と日本の姿で日本の名前を呼ぶ、傍から見れば日本がおかしくなったように見えるだろうなと考えながら書斎やら居間やら庭やらを探すが日本の姿は無い、一体どこに行ったのだろう、廊下を歩いてあまり来たことの無い部屋のあたりで名前を呼んだ時、す、と襖が開いてそこから

「何ですか、イギリスさん」
「おわ!って何だよお前その格好!!」

出てきたのは言動からしてまず間違いなく俺の姿をした日本だろう、自分がこんな状態だそれだけならあまり驚かないが俺の姿の日本は何故か封印したい過去の象徴でもある真っ赤な海賊服を着ていて日本の姿の俺は思わず目を白黒させた

「ああ、ちょっと今後の参考資料にと思いまして」

敬語を使いにこりと人の良さそうの笑みを浮かべる俺にとてつもない違和感を抱きながら俺の姿をした日本越しに部屋の中を見る、そこには警察の制服やら学生服やら果てにはメイド服、バニーガールの衣装なんかが散乱していて思わず俺は脱力した、日本が俺の姿で何をしていたかなんてもう、明白だ、この状態に戸惑っていた俺が何だか馬鹿らしくなる位に日本はこの状況に順応し色々とお楽しみだったようだ

「いや、早起きは三文の得とはこのことですね、おかげでじっくりイギリスさんの体も観察出来ましたし良いものを撮ることが出来ました」

じっくり、体、観察・・・この三単語でかあ、と体温が上がったが俺の姿をした日本が懐から取り出した写真を見て一気にその熱も冷める、そこにはミニスカメイド服の俺がノリノリでポーズをとっている姿が収められていて俺は思わず叫んだ

「お、お前、その写真渡せ!!」
「嫌ですよだってイギリスさん渡したが最後処分する気でしょう?お断りします」
「いいから渡せ!!」

相手の手にある写真を奪おうと手を伸ばすがひょい、と俺の姿をした日本は写真を上をへと持ち上げる、手を限界までの伸ばしても日本の姿の俺では届かない、ここまで身長差を悔しく思ったのは初めてかもしれない、それでも俺は諦めきれず写真へと手を届かせようと爪先立ちになるが自分と同じように相手も爪先立ちをしては打つ手がない、結局俺は写真を諦めざるを得なかった





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それから俺達はお互いが置かれた状況について話し合ったがどうして入れ替わってしまったのか結局分からなかった、日本も俺と同じように朝起きたらもう既に体が入れ替わってしまっていたらしい、俺の魔術で元に戻れるかどうか試してみるか?と日本に聞いてみたが日本は静かに首を振り、滅多に無い状況を楽しまずして何とするとスパーンといっそすがすがしいまでに言い切った、まあでも確かに 入れ替わった原因が分からなければ解決法も考え辛い、寝て起きて入れ替わっていたのならもう一度同じように過ごせば元に戻っているのかもしれない下手に行動するよりはこのまま成り行きに任せた方がいいだろうと俺も思い入れ替わってはいるがこの朝の時間を俺達はいつも通り過ごすことにした


トントントントン、と規則正しい音が台所に響く、流れるような手つきで白菜を切り皿へと乗せた後、火をかけたフライパンに解いた卵を流しいれる、じゅわ、と一瞬音を立ててフライパンに卵が広がり固まり始めた頃合いを見計らいくるくると持ち前の器用さで卵を丁寧に巻いていく、それを数回繰り返して表面をキツネ色にこんがりと焼いたところでまな板の上に出来上がった厚焼き卵を乗せ最後に包丁をす、す、と入れ卵焼きを綺麗に等分していく・・・俺が、いや俺の姿をした日本が。意識は日本だということは分かっていても姿は自分だ、自分がそこで料理をしているというのに爆発音も異臭もなく見事なまでの手際の良さで次々と朝食を作りだしていく姿は異様としか言いようが無かった、厚焼き卵を切り終わり次は味噌汁作りにとりかかる日本を見て俺は思わず口を開いた

「自分で言うのも何だけど、俺がそんな風に食事作ってるのって違和感あるよな・・・」
「ああ、イギリスさんだとこうは行きませんからね」
「・・・日本、八つ橋どこにやった」
「おや、何だかこの体だと八つ橋が取れてしまうみたいですねえ、怖い怖い」
「入れ替わった所為にすんな、大体普段からお前俺に対しては八つ橋切らしてるだろ」
「・・・八つ橋に包んだ発言の方がお好みですか?」
「馬鹿・・・んな訳無いだろ、『その他大勢』と同じ扱いの方が嫌だ」
「ははは、その顔で照れた表情しないで下さい気持ち悪い」
「気持ち悪いって言うな!・・・・・やっぱ・・・たまには八つ橋装備してくれ」
「嫌です、面倒くさい」
「それが本音かよ!」

ふざけ合っているうちに味噌汁も出来あがりそうだ、ふわりと漂う食欲を誘う香りに思わず腹が鳴る、その音を聞いて俺の姿をした日本はくすりと笑って、もうすぐ出来ますから、と言っておたまで味噌汁を少し掬い小さめの皿に注ぐとこくりと一口だけ味噌汁を味見した後、イギリスさんも味見します?と言って俺にも味噌汁を注いでくれたので皿を傾けこくりと味噌汁を飲んだ、俺が作ったというのに見た目通りとても美味しい味噌汁だった





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今日の朝食は白米、白菜の浅漬けにふわふわの厚焼き卵、麩入りの味噌汁に鮭の塩焼きだ、相変わらず日本の料理は美味いが白菜と鮭の塩焼きを食べている時に妙な物足りなさを覚えて俺はいつもならかけないというのにそれらを醤油に付けて食べた、意識は俺だが姿というか体は日本のものだきっと舌がいつもの味を求めて醤油を欲したのだろう、その証拠にいつも日本は醤油をかけるのに今日はかけていなかった

「あ、それはそうと日本」
「何ですか?」
「俺達今こんな状態だけどさ会議出ない訳にはいかないだろ・・・どうする、理由を説明して姿がイギリスの日本、姿が日本のイギリスとして出席するか、それとも」
「お互いがお互いのふりをして何事も無く今日一日を過ごすか・・・もう答えは分かりきっているでしょう?こんな一生に一度あるかないかの状況の時にわざわざ入れ替わりました、なんて皆さんに伝えるのはナンセンスですよ!ここは折角入れ替わったんですから入れ替わった相手になりきって一日過ごしましょう」
「お前こういう時は変に張り切るよな」
「イベント大好きですから」
「・・・ここは二次元じゃないぞ」

そんなこんなで俺達は今日一日相手に成り済まして世界会議を乗り切ることになった





2011.11.25





あとがき
(敬語をつかう死んだ目のイギリス(日本)と言葉使いが荒い瞳にハイライトが入った日本(イギリス)でお送りします)