王の契約

繰り返される日々、その怠惰さを思えば悠久の歴史の中至高と謳われる職人達が築き上げたこの煌びやかな調度品の美しささえ色褪せて見える、朝起きて夜寝るまで変わり映えのない一日、腐る程退屈なその日を過ごすのにはもう飽きた、豚共の相手はもううんざりだ、城下に広がる王宮と同じく石造りの街並みは先代達が緻密に計画して建てられたもので美しい景観を誇る、青年は窓辺から移動すると羽織っていた赤い豪奢なマント、マントと同色に金糸で細やかに装飾が施された上着、スカーフを留めるエメラルドのブローチ等次々と服をソファの上に放り投げ軽装になるとシニカルな笑みを浮かべる

刹那、足元から緑の光の粒子が溢れると、青年は姿は一瞬で部屋から消えていた





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この国で使われている街灯は全てフローライトが使用されている、美しい正八面体の石は人の頭程の大きさがありそれらは全て、無色だ、それはこの国から良質の魔石が採掘されている事を物語っている、フローライトは内部の不純物により緑、青、紫色に変化する、無色のものは不純物が入っていない純粋な物のみの色だ、その極めて純度の高いフローライトの光に照らされた道を先程の青年は歩いていた、夜の為人通りは少ない、だが数件の店、つまりパブでは明かりが灯され店外にも店の活気が漏れ出ている、青年はその喧騒さに一瞬顔を顰めたがそれもまた一興と思ったのか真っ直ぐに歩き店の中へと足を踏み入れて行った、店内に入った瞬間様々な香りが青年の鼻につきまた彼の表情を険しいものにさせた為彼はそのしかめっ面のまま店員に案内され席に着く事になる、席は一人用のテーブルで窓際に面している、同じようにそこには四脚テーブルがありその内の一つ店の角に当たる所でこの国では珍しい黒髪の男が座っておりその後ろ姿を何気なく青年は見ていた

「お待たせいたしました」

店員が運んで来たグラスを俺は机に肘をつきこくりと一口飲んだ、世辞にも良い酒とは言えない、粗悪な味だがそれすら俺には新鮮で病み付きになりそうだ、城を抜け出して来て城下に来てみたがなかなか面白い、あの腐敗した空気に比べれば酒場の独特な香りの方が断然良い、が、少し五月蠅いのが難点だ、酔っ払い共が騒ぐ度に何度その顔に火の魔術をぶちこんでやろうと考えた事か、ああ、もしくは水の魔術が良いか?口から水を飲みきれない程、いっそ胃が裂ける程飲ませりゃ流石に酔いも覚めるだろ、さぞ愉快な見世物が見れそうだな、考えている時数人からの視線を感じ俺はその元へと目線を移す、見るからに気性の荒そうなゴロツキ、装飾品を嫌味に光らせる脂のった中年と視線が絡み苛立ちを隠しきれずに舌打ちする、品定めをするようなその視線が気に食わねえ、見物料に目玉焼きの材料でも提供して貰おうか、睨み返せば予想に反してゴロツキが視線を外し、中年のオヤジはそんな俺を見て下卑た笑みを浮かべた、ガタリとそいつは席を移動し俺の前に移動すると後から黒服の男が二人ついてきた、身形からして富裕層に居るであろうそいつの護衛だか何かだろう、中年のオヤジは俺の肩に慣れ慣れしく手を回し耳元で酒臭い息を荒げながら興奮を抑えたような声色で囁く

「一人か?一人酒は寂しいだろう、こんな店で飲むよりももっと良い所で私と酒を飲まないかね?」

ヒヒッ、と喉奥から漏れる声を出して、そいつは俺の顎に手を添えると俺の顔をまじまじと眺める

「上物だな・・・なに、金を取る訳じゃない、酒代は」

すす、とそいつの手に太ももを撫でられ、その感覚にゾワリと体全体に鳥肌が立つ

「体で払って貰えれば良い、悪い条件じゃないはずだ、何なら君の望む物を言ってみてくれ酒でも金でも好きなだけやろうじゃないか、但しそれは君がこちらのお願いを聞いてくれたらだがね」

野郎趣味の下衆野郎が、魔術を使って消し炭にするのは勿体ない、一瞬で殺してしまうなんて味気ない真似をするなんて野暮な事はしないさ、こんな性根の腐りきった奴には痛い、という事がどういう事なのかその身にじっくり教えながらじわじわと生殺しするに限る、活かさず殺さず生きたまま爪を剥いで、歯を折り、目玉を抉り、内臓を引き摺り出し文字通り嬲り殺しにしてやる、俺が立ち上がると、オヤジは俺がついてくるつもりだと勘違いしたのかその顔に歪んだ笑みを浮かべる、その様子から見ると今まで何人も同じ手で誘い、成功してきたのだろう、黒服の男が俺を逃がさないように囲むとそいつは俺の手を取り根城へと案内しようとする、お気に召したようでなによりだ、と慇懃に礼までしてみせた男に唾を吐きかけたいのを堪え俺は取り敢えず邪魔な黒服を片付ける為魔術でそいつらを薙ぎ払おうとした時だった、ふわりと風が起こり、目の前のオヤジが物凄い勢いで店の奥に吹っ飛んだ

「止めろ」

オヤジの代わりに俺の目の前に立つのは奥の席に座っていた黒髪の男だった、状況を認識した黒服がそいつに向かって襲いかかるが、そいつは鮮やかな手つきで一瞬で二人を倒し地に沈めると中年オヤジにしたのと恐らく同様に黒服を店奥へと蹴り飛ばした、気を失っているオヤジは蹴られた事が一目で分かる程くっきりと頬に足跡が付いている、丁度その上に黒服が落ち無様なサンドイッチが出来上がる、吹っ飛ばされた3人はピクリとも動かない気絶してるんだろう

「酒が不味くなる」

黒髪の男はそう呟くとぱん、と手を払い俺の方をちらりと見た後そのまま何をするでもなく自分の席へと帰って行った、他人の助けを借りずとも俺はこんな状況自分で何とかする事が出来た、こんなもの兄弟で王位継承争いした時に比べれば餓鬼のお遊びみたいなもんだ、男はそれにつけ込んで礼でも要求してくるかと一瞬俺は考えたがどうやらそうでは無いらしい、助けるだけ助けて礼を要求してこない事に俺は驚愕する、俺達は話すらした事もないただの赤の他人だ、俺を放っておいた所で何も問題は無い筈なのにあいつは俺を助けた、礼を請求するのなら相手にもメリットがあるがそれすらしないのであればあいつには何の得も無い、思わず俺は、はは、と小さく笑みを零す、生まれた時から競い合い王位の為蹴落とし合うのが当たり前、血を分けた兄弟に命を狙われた事なんて両手じゃ足りない位だ、その争いの中臣下にすら何度裏切られたか分からない、裏切られるのが当たり前、傷付け合うのは当たり前、頼りになるのは己の力のみだ、幼い頃から刷り込まれた物事の道理を名も知らぬあの男は涼しい顔をして一瞬で粉々にしていった、兄弟から命を狙われた俺がまさか他人に助けられるとはな人生何があるか分からないものだ、面白い、と単純に思った、城下に降りて来て一番の収穫かもしれない、他人にこんなにも興味を持ったのは初めてだ、俺は席を離れその男の席の横へ立つ

「おい」
「はい?」

男にしては小柄で細い体躯だが、それが信じられない位鮮やかな動きをするのを俺は先程間近で見た、顔つきは幼く見えるが纏う静かな雰囲気がそいつの年齢をあやふやにしている、よくよく観察して見れば瞳も髪と同じ色らしい、その漆黒は茫洋としていて深淵を思わせるが今は急に話かけてきた俺の思惑を見定めようとする聡明な光を宿している、城の奴らはいつだって俺に賛同、賞賛することしか知らず俺を怖れ、ある者は俺に取り入ろうと美辞麗句を並べたてる、俺を「王」や「最高権力」としか見ずに俺個人を見定めようとしない無能共、その瞳の奥にはいつだって薄汚い欲望やひたすら怠惰な鈍い色しか宿さない、暫くそんな奴らばかり見て来た俺にとって男の瞳の光は綺羅星の如く美しく見えた

「気に入った、お前俺の物になれ」

その瞬間呆けた表情を浮かべた男に構わず俺はその手を取り転移魔法で一瞬で城にある自室まで戻る、何事かと目を白黒させる男を床へ押し倒し馬乗りになると床に魔法陣を発現させ俺は手に嵌めた手袋を外しガリ、と親指を噛む、鮮血が滴る指をそのまま男の口内に押し込み無理矢理血を飲ませ、こくりと喉が動いたのを確認し陣を発動させる

『我がアーサー・カークランドの名の元、契約の儀を執り行う』
「契約の儀!?貴方何をッ!!」
『この身ある限り陽が昇り月満る時まで共に在れ、我が命に従いその身を捧げよ』
「ッ!!止め!!」
『王の血よ、我が呼び声に応え契約の刻印を刻め』

最後の一言を唱えると同時に魔法陣がブワリと大きくなりそこから眩い光が溢れ、体がドクリ、と熱く脈打った

「ああぁ、っあ!!!」

対象者の男には激痛でも走っているのか苦しそうな声を上げている、暴れようともがく体を別にそうする必要が無いのにも関わらず俺は魔法陣の光が消えるまで押さえ続けた、光が消えるその瞬間自分の下の体がびくん、と跳ね声無き悲鳴を上げて男は意識を飛ばした、服をずり下げ肩を確認してみればそこには王家の紋章が刻印されており俺は無意識に口角を上げる、たった今からこの男は俺の物だ、久方ぶりに感じる高揚感はどんな美酒よりも俺を酔わせた





2011.08.17





あとがき
(趣味全開パラレルです、厨二病こじらせた結果がこれだよ、ですがファンタジー的なものをあれこれ考えるのは楽しいです)