「ん・・・」
体を包むふわふわとした感触が心地良いと思いながら私は薄らと瞳を開ける、ぼやけた視界には宿のベージュの天井でも酒場の木製の天井も映らない、そこにあるのは白に金糸で装飾されたやわらかそうな薄手の布が四角い木枠で囲まれていて視線を移すとその布がカーテンのように四方を覆っているのが見えた、自分の居る場所が天蓋付きベッドだと把握するのに少し時間がかかってから気付く、こんな現実離れした豪華な寝具で寝た事なんて今までに一度も無い、もしかしてこれはまだ夢の中なのだろうかと首を傾げた時ズキン、と鋭い痛みが肩を刺して私は漸くこれが現実なのだと認識した、ぐい、と服をずらし肩を露わにすればそこには薔薇の花が絡みついた王冠をかぶった獅子を円形に囲むように同じく薔薇の花や葉や蔦が描かれた意匠が刻まれていた、そっと肌の上から刻印をなぞる、刺青という訳ではなく肌の下から浮き出て来たといった印象を受けた、それと同時に昨日の光景がフラッシュバックする、酒場、金色の青年、魔法陣、そうだ私は―全てを思い出した時タイミングよく部屋のドアがガチャリと開く、薄い布に透けて部屋に入って来たのが誰なのか移動しなくても把握出来た、
部屋へと足を踏み入れた人物は無遠慮にベッドを覆うカーテンを横へ払い除け上体を起こした私を見てにやりと笑った
「漸く、お目覚めか?」
昨日酒場で見かけ性質の悪い客に絡まれている様子を見かねて助太刀に入った私を何のつもりかここへ拉致しおまけに変な魔法を掛けた張本人が目の前に居る、これは警戒しない方が可笑しいだろう一瞬このまま飛び起きて窓から逃げてやろうかと考えたが目の前に居る人物はゆったりと構えているように見えてなかなか隙が身受けられない、聞きたい事もある、ここは会話をして様子を見るのが吉か
「ええ、余りにも寝心地が良いもので、一晩泊めて下さったのは有難く思います、が、親切ついでに一体何のつもりで私をここに連れて来たのかご説明願いたいものですね」
初対面いや、正確には初対面ではないが、会って間もない相手に対してこんなに刺のある物言いになるのは自分でも珍しいケースだと心の傍らで思いながら私は相手を睨みつける、それは偏に昨晩の所為であるから自業自得だと言える、だが相手はそんな私の様子に気を悪くした様子も見せず稀有な緑の瞳を猫の様に細める、随分と機嫌が良さそうだ、何故かは私の知る所ではないが
「まあ待てまだお互いの名前も知らないんだ、自己紹介してからでも遅くは無いだろ?俺はアーサー・カークランドだ以後お見知り置きを」
「本田菊です」
からかう様に敬語を使う相手に反応を返すのも癪だった私はごく淡々と名前を告げる、ここで別に本名を使う必要が無かったのではと言ってから思ったが後の祭りだ、別にそれを知られたからと言ってこちらに不都合は生じないだろうから
「やはり東の方の名だな、となるとキクの方が名前か?キク、良い名だ」
「それはどうもカークランドさん」
「アーサー」
「はい?」
「アーサーと呼んでくれて構わない」
「では、アーサーさんもう話して頂けますか?昨日貴方は一体何のつもりで私をここへ連れて来て一体何をしたんです」
私は勢い良くバッ、と肩の刻印が見えるように服をめくる
「これについても説明して頂けると助かります」
語気が強くなるのは仕方ないだろう、相手は確か契約の儀だと呟いていた、酒場で会っただけの相手に何故私が契約なんて施されなければならないのか理解出来ない、これが助けた礼だというのなら世の中なんて理不尽なのだろう
「ああ全部答えてやるさ、お前をここへ連れて来たのは単に気に入ったからだそれ以外の理由は無い、そして昨日お前に施したのは所有の刻印になる」
私の肩にある刻印を指先で撫でて、彼は鬱蒼と微笑む
「所有の、刻印・・・?」
「王族のみに伝わる門外不出の秘術だ、血を媒介にして対象者と契約を結ぶ、契約の成就と共に対象者には契約者の刻印が体のどこかに浮かび、それが消えない限り対象者は契約者の「命」には逆らえず契約者から長距離離れる事は困難になる、今では禁術扱いで魔力の消費も半端じゃないから使用者は本当に限られている埃を被った古い魔法の一つだ、昔王族はこの魔法で手に負えない魔獣を飼いならしていたらしいな」
男の言葉に普段穏やかだと言われる私も流石に頭にきた、気に入ったから、たったそれだけの理由で私の自由を奪われる建て前には到底なり得ない、王族という言葉でこの男がその血筋に当たる事は理解出来たが王族とて人であり神ではない、そんな人が同じく人である私の最低限度の権利を踏みにじって良い筈があるか、契約者の「命」に逆らえない?契約者から長距離離れる事は困難になる?ふざけるな、彼が私のそのような事する正当性などまるでないこちらがそれに値するような罪を犯しているならともかく私は何ら害を与えていない
「冗談じゃない!何故私がそのような仕打ちを受けなければならない良い加減にしろ!
!」
私は勢い良くベッドから起き上がり彼を押しのけると窓辺に向かい飛び降りようと身を乗り出す予想外の高さに思わず頭がくらりとしたがなに心配する事はない地面に激突する寸前に式神でも出せば良い、彼は契約者の「命」に逆らえないだとか長距離離れる事は困難になると言っていたがそれなら「命」を出される前に逃げれば良い、長距離離れられない事に関しては一体どの程度までなのか分からないがとにかく今はここから出て自由になりたかった
『止まれ』
頭に彼の声が響いたと同時にギシリ、と体が硬直し動けなくなる、内心私は舌打ちして必死に体を動かそうと試みるが思いに反して体はぴくりとも動かない、まるで石像にでもなってしまった気分だ、どうやら「命」を出された時はその言葉が頭に響き本当にその言葉通り体が言う事をきかなくなってしまうらしい、自分の体であるのに他人の意のままだという事実が私を至極不愉快にさせる
『戻って来い、俺の傍に』
命令通り体は動き私は寝室に入り彼の目の前に立つ事になる
「お前思った通り面白い奴だな、逆らえないと言ったばかりなのに俺から逃げる為に窓から飛び降りようとするなんてな」
くつくつと喉奥で笑う男を殴り飛ばして逃げる事が出来たなら良いのにと私は物騒な考えをそのまま表情に出すと彼は更に笑みを深める
「そんな怖い顔をするな、これから生活を共にする仲だろう?」
「だれが、貴方みたいな人と・・・!!」
「気に入らないなら俺の見ていない間に脱走でも何でもしてみると良い、まあ無駄だがな」
そんなものやってみなければ分からない、必ずこの男を出し抜いて抜け出してやると思いながら私を見詰めるその瞳を睨みつける、酒場ではその緑の瞳の神秘的な輝きに思わず目を奪われたが今ではその瞳に蜘蛛や蛇のような執念深ささえ感じ嫌になる
「これからよろしくな、キク」
笑いながらもその瞳からは絶対に逃がしはしないという強い意思が感じられて私は本当に厄介な相手に捕まったものだと己の不運に嘆息した
2011.08.17
あとがき
(アーサーをもっと鬼畜な感じにするつもりでしたがいざ書いてみれば全然鬼畜じゃないですね、人様が書かれる(もしくは描かれる)ような鬼畜でカッコいいアーサーとはほとほと無縁な管理人です)