抵抗力、豚共にでも存在する外部からの力に逆らい耐える力、人間には病原体に対するものとあと一つ魔術に対する抵抗力が存在している、人の体に宿る魔力の大きさが生まれた時から決まっているのと同様に魔術に対する抵抗力も生まれた時から決まっている、内在する魔力は熟練した術師であれば対象者を見ただけでその大きさが判断できるが抵抗力に至ってはその限りでは無い、どんなに卓越した技能を持つ者でもそればかりは実際対象者に魔術を施さねば抵抗力の大きさを計る事は出来ない、あの時の俺は酒類を嗜んでいた為キクに契約を施す時の違和感に気付け無かったらしい、術を重ねがける際自分の魔力が予想以上にキクの体に馴染みにくい事から相当な抵抗力の高さが伺えた、普段俺は上級魔術を使う時であっても消費する魔力は俺の魔力全体の一割にも満たない、以前キクにこの術を施す際使用した俺の魔力は三割、この割合は決して低いものではないだがそれですらものの二日程度でキクは効力を薄めてしまった、これは驚嘆に値するレベルだ、魔力は生命力とも繋がっている部分がある過多な魔力消費はこちらも危ない、だが以前の割合ではまたすぐに効力が無くなってしまうだから俺は今回自分の魔力の半分を契約時に消費した、これなら三日は持つだろう、だが三日経ってまた魔力の半分を消費していたのでは効率が悪い、一日毎に少量の魔力でも構わないから継続的に補強をする必要がありそうだ、術の重ねがけが終わり俺の下で脱力したキクの服をずらしまた元通り刻印が刻まれているのを確認して俺は力を抜く一気に魔力を半分消費するのは流石に堪える、気だるい体を床に腕をつく事で支え俺はキクの顔を覗き込む、俺の下で無防備に目蓋を閉じたその姿に確かに自分の物なのだという高揚感も感じたが、契約の際に生じる痛みの為苦しげな表情のままのそれに胸の奥を締め付けるような苦しさを感じ俺は眉を寄せる、何故俺が苦しまねばならない、苦しむのはそこら辺の豚共で十分だ、理解不能なその感覚を抱いたまま頭の中でキクの言葉が反響した
「『私には時間が無い』か・・・」
王族に白刃を向ける事の重大さを分かっていながらそうせざる負えない事態にキクが居るのは間違いない、対峙した時光が射し込んだ瞳はまるで鷹の目の様な琥珀色だった、
光の具合によって様々に輝きを変えるそれに目を奪われた、静かな凛とした佇まいからは想像も出来ないような胸を焦がす想いを秘めている所に魅力を感じた、だがそんな状態でありながらいざとなれば俺に刃を向ける事を躊躇う甘さ、甘さが自分に向けられるのは侮られている事に他ならないが意外とそれを疎ましくは感じられなかった、いつもならそんな事をされれば屈辱を感じる所だが何故自分はその様な気持ちになったのかこれも理解出来ない、俺は自分で思っている以上にキクを気に入っているという事だろうか正確な所は分からない、己の事であるにも関わらず、だ、自分の事は良いだがこいつの事で知らない事があり過ぎるこの状況をこのままにして置くのは躊躇われる
「ハワード」
「はい、お呼びですか」
「早急にキクについての情報を集めろ、勿論洗いざらいだ、些細な事も逃さず全て俺に伝えろ」
「分かりました」
最も信頼の置ける有能な駒にキクについての情報収集の命を出し、俺は脱力したキクの肩と膝下に腕を回し抱き上げる
「俺はこいつを部屋に戻した後、休む、朝になったら起こせ」
「はい、城の者達にも伝えておきます、ではごゆっくりお休み下さい」
一礼した後ハワードは転移魔法で持ち場へと戻っていった、俺は自分の部屋を出てすぐ隣、キクの部屋へと足を踏み入れ寝室まで運ぶ、ベッドの上へ横たわらせた後その唇に自然と目が移った、契約を結ぶ手段とはいえ同性に口付ける事になるとはな、だが口付けた際に予想していた嫌悪感は一切感じず自分に湧き上がって来たのは相手の全てを食らい尽くしたいという征服欲か性欲か分からないものだった、女を抱く時ですらこんなにも相手の事を欲した事は無いというのに本当にこいつと居ると調子を狂わされる、だがそれもまた一興か、今はまだ理解出来ない事が多々あるがそれもこいつと居ればじきに分かる事だろう、逃走された時は服従させるつもりでいたにも関わらず存外丁重に扱っている自分に気付き俺は喉奥で笑う、思えば城下の街で倒れたキクを見た時から己の内にあった憤り等の負の感情が大分薄れていたように思う、また狂わされた、だが不思議と心は穏やかで嫌悪感は感じ無かった
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期限は指定していなかったにも関わらず翌日にはキクに関する情報を集め終わっていたハワードから資料を受け取り俺は自室のソファに腰掛けそれを読み漁る、本田菊、ほう菊はキクと読むのか、性別は男、見るまでもないな、年齢は・・・・・・・・・俺は何も見ていない、両親は幼少の頃に事故で他界、天涯孤独の身になってから流れ着いた街で王耀という男に拾われる、菊の他にも同様な経緯で拾われた三名、香、勇洙、梅という者達と共に家族同然に育つ、近隣の住人から見ても仲の良い兄弟だったらしい、王耀は東の国で商店を営んでおり各地にも店舗を広げている、商店で取り扱う物は薬草から魔具まで多岐に渡り質の良いものが揃っていると評判、昨今では他国にまで店を出店するに至っている、店が軌道に乗り北の大国に出店する際経費がかさむ事を悩んでいた時その国のある組織が経費を負担すると申し出る、但しそれには条件付きで負担金は店の月々の売上から数%ずつ返済しなければならないというものだが王耀は渡りに船の条件だと差し出された契約書にサインする、だがサインした途端契約書の文字が変わっていき負担金の部分はこう書きかえられた『負担金の三倍の額を三カ月以内に支払う事、支払えなければ店は全てソビーズの傘下に入る』と、随分と古典的な手だが王耀はそれに引っ掛かってしまった、しかもこのソビーズという組織表向きは健全な貿易業を営んでいるように見せかけ裏では禁猟指定を受けた魔獣や術者の身体を蝕む為使用禁止になっている魔具の密輸等手広く行っていると鼻の利く情報屋達の間では噂の絶えない限り無く黒に近いが灰色の状態を保っているなんともきな臭い組織のようだが今回の事を考慮すれば間違いなく黒だろう、勿論王耀がその事を知ったのは騙された後だった訳だが、ソビーズはかねてから東で規模の大きい王耀の店を手に入れたいと思っていたようでそんな時出たのが北での出店の話だ、相手方にとっては獲物が自ら罠に飛び込んできた形となった訳だ、契約書が相手の手にある限り王耀も反抗のしようが無い、負担金の三倍は十億ガルドになる幾ら大規模な商店を経営しているからといってそんなもの三か月で用意出来る筈が無く、頭を抱える王耀を助ける為四人はそれぞれの方法で金を稼ぐ為に散り散りになった、腕に覚えのあった菊は登録していたギルドを最大限活用しランクの高い仕事を受け負い荒稼ぎしていたようだ、ここ二カ月菊がこなしたギルドの依頼は20件その内訳はAランクの依頼が15、Sランクが5つになる、ギルドの依頼のランクはDからSまである、当然ランクが高くなるにつれ難易度が跳ね上がるのと同時に報奨金も法外な額になってくる、Sランクは依頼の中でも最高ランクであり内容は一筋縄ではいかないものが殆どだ、そしてSランクがSランクたる所以は依頼内容に生命の危機が伴うものばかりの為報奨金も馬鹿高い、毎年身の程知らずが金欲しさにSランクの依頼を受け物言わぬ死体となって帰って来たというのは聞き飽きる程入ってくる情報だ、名の知れた猛者でさえも時としては命を落とすまさに最高ランクを名乗るにふさわしい難易度を誇る、それをたった二か月の内に5件もこなす等、前代未聞の話だ、最も菊も流石に一人で受けようとは思わなかったらしくギルベルトという男と手を組み仕事をこなしている、だが常であればSランクは選りすぐりの猛者8人で一つのパーティを組みこなす所だがそれをたった二人で菊達は達成している、菊の並ならぬ魔術に対する抵抗力があれば理解出来ないでもないがそれだけでは達成出来る程Sランクは甘くはない恐らくこのギルベルトという男も相当腕が立つのだろう、そのお陰で今や菊達はギルドで顔を知らぬ者はいない程有名らしい、酒場で会った時かなり出来るとは思っていたが正直ここまでとは俺も想定外だ、今度手合わせ願うのも面白いかもしれないな
兄弟達の力添えもあり三分の二まではどうやら金は用意出来たらしい、期限までは後二十日、だが今まで死に物狂いでここまで稼いで三分の二ならば残りを二十日で用意するのは不可能に近い、それでも菊は諦めていない、俺と対峙した時の眼はそう語っていた
「おいハワード」
「はいアーサー様」
見ず知らずの商人が破滅しようがどうでも良い、騙される方が悪い、だがこの一件を片付けねば菊は逃走し続けるだろう俺から逃れて金を稼ぐ為に、折角見つけた上等な獲物を逃す訳にはいかない、王宮での退屈しのぎが居なくなるとまた待っているのは腐るような日々だ、それは御免被る、酒場での借りもある、これはそう、ほんの気紛れに過ぎない誰の為でも無い、俺の為だ
「王耀へ俺個人の金庫から負債額の不足分を全て渡して来い、勿論菊の名でな」
言うとハワードの表情が少し和らいだ
「何だ?」
「いいえ何でもありません、早急に仰せの通りにして参ります」
「良い返事だ、そうしてくれ」
和らいだ表情そのままにハワードが一礼し部屋から消える
「ただの気紛れだ」
一人の部屋で言い訳の様にアーサーは呟いた
2011.09.18
あとがき
(ひとまずここまで)