ああ、とても厄介ですね、この齢になってこんな風に誰かに甘えてみたくなるだなんて、他の国と比べれば老齢な自分は専ら甘えられる立場であっても甘える立場では決してない、その事に不満が湧いた事など無く自分よりも年下の他国を可愛がるのは人で例えるならば孫を愛でるようなものだ、自然と体は彼らを慈しむよう動く、無意識のうちに彼らの頭を撫でてしまった事も時にはある程だ、だが今日に限っては自分の立場が酷く歯痒い、いっそアメリカさん程若ければ何の柵も無く年上に甘えられるのにとらしくもなく考えてしまう、全く良い齢をして情けない、けれど一度欲してしまえば満たされるまでそれは収まりそうもない、きっとこれは疲れの所為だ、だから可笑しな事を考えてしまう、そうは頭では分かっていながらもいつもよりも剥き出しになった自分の想いに蓋を出来る程の余裕は無い
今私達は世界会議の打ち上げでとある飲み屋の一室を借りて酒宴の真っ最中である、ここはイギリスさんの家の店でありながら品書きの酒類の中に日本酒の文字があり、私は喜んでそれを注文した、もう何杯も飲んだけれど馴染み過ぎて最早水のようにも感じられてしまうそれでは私を酔わせる事など不可能に近い、いっそ度数の高い洋酒を頼めば酔えたかもしれないが飲み過ぎて醜態を晒すのが怖く辞退した、何故こんな事を思っているかというと、酔っ払った事を免罪符にして誰かに甘えられたら、という魂胆があったからである、だが良く考えてみればそんな事をしなくても酒類は飲んでいるのだから酔っていなくても酔ったふりをすれば済む話だ、私の席は通路側から2番目で私の左側つまり通路に面した席にイギリスさん、右側にはアメリカさんが座っている、この二人のどちらかに犠牲になって貰おう順当にいくとイギリスさん辺りが適任だろうか、普段と逆の立場でアメリカさんも良いかもしれないと思ったけれどアメリカさんは羽目を外して酒を飲んだ所為で隣でむにゃむにゃと机に突っ伏して寝息を立てている、となれば選択肢は一つ、だ、イギリスさんとは友人としてそこそこ交流はあるがお互い踏み込んだ所までには至らないこの機会に彼と接して少しでも距離が縮まれば良い、そう思える位私は彼に好感を持っている、と言うと大変聞こえは良いがそんなものただ甘える建前に過ぎない、先程犠牲になって貰おうと思った言葉通り本人に多大な迷惑をかける事を分かっていながらそんな調子の良い事を考えてしまう自分も自分だが、イギリスさんならなんとなく受け入れてくれる気がするのだ、どうしそう思うのか私にはわからない、酔ってないと思っていたがそれすら酔っ払いの戯言だったのかもしれない、事実、常よりも体温が高く取りとめも無い事を考えている辺りほろ酔い、が妥当だろうか、ほろ酔いでも酔っている事には変わりない、私はその酔いに後押しされて普段ならば絶対にやらないであろう事をイギリスさんにしようとしている、その事に何の抵抗もなく寧ろどんな反応を見せてくれるかと少し期待してしまう、私は杯をそっとテーブルに置き隣のイギリスさんを見る、酒好きの彼にしては珍しく今日はあまり酒類は飲んでいないようだ、顔色は普段と変わらず着衣の乱れも全くない、いつもは打ち上げになると率先して飲んでフランスさんと一緒に全裸で踊り狂うというのにどうした事だろう、からん、とグラスの中の氷を揺らして琥珀色の液体をこくりと一口飲むイギリスさんの横顔を見て、私は行動を起こした、酔っ払ったふりをして
「いぎりす、さん・・・」
頭をこつんと彼の肩に乗せると彼は持っているグラスの中身を零してしまうのではないかと思う位びくりと体を震わせた、だが緑の瞳がこれ以上ない位見開かれたのは一瞬ですぐに彼は平静を取り戻す
「日本、どうしたんだ?もしかして酔っ払っちまったのか珍しいな・・・」
前半は私に向けて後半は自分に向けて言った言葉のようだ、案外落ち着いた反応である、その事には少し驚いたが予想通り私の行動を受け入れてくれたイギリスさんに変な自信がついてしまった私は彼の言葉を裏付ける為に普段絶対にしないハグをイギリスさんにした
「すきあり!はぐー」
「ちょ、おい、日本」
私の方へと体を向けたイギリスさんを正面からがばりと抱きしめ肩口に額をぐりぐりと押し付ける、参考にしたのはイタリア君がよく私にしてくるスキンシップだ、イギリスさんは相変わらず私を拒まない、しておいてこんな事を思うのは失礼だが同性、ましてや爺にこんな事をされてイギリスさんは嫌じゃないのだろうか、いや同性間でもスキンシップを取ったりする欧米の方は普通なのかもしれない、味をしめた私はふとイギリスさんの持っているグラスが目に付きそれを断りも入れず奪う様に手に取りぐびぐびと中の液体を全て飲み干す、これで、どうだ、最早私の頭はイギリスさんに私が甘えて彼がどこまで私の行動を許すのか調べる事に目的がすり替わっていた
「こら、酔っ払ってんのにそれ以上飲んだらダメだろ?」
引かれるのを覚悟でやったがイギリスさんは窘めるように私に言い聞かせ私の持つグラスをそっと自分の手の中へと移動させテーブルに置く、奪う様に手に取った私と真逆のスマートな所作に紳士という言葉が頭を過った、酔った相手に対してもこの様に接してくれるイギリスさんの優しさを感じつつ、またしても受け入れられた行動に内心歯噛みする
「いぎりすさん、いぎりすさん」
「どうした?」
「ふふ、なんでもないです」
かなり鬱陶しい会話パターンだがイギリスさんはそうか、とくすりと笑って私の頭をふわふわと撫でる、余裕のようだ、これまでの行動でイギリスさんが露骨に反応したのはやはり体に接触した時だ、やはり普段スキンシップを取らない私がそれをするのが一番効果的かと考え私はまたイタリア君に習って彼の首の後ろに腕を回し頬と頬を数回擦り合わせて耳元に口を寄せる
「いぎりすさん、だいすきです」
ちなみに台詞も、日本、大好きだよ!と言ってくれるイタリア君から拝借、どうです流石にこれは堪えるでしょう、可愛らしいイタリア君がしたならともかく可愛らしさ皆無の爺からこんな事されたら鳥肌ものだ、私は様子を伺おうとぎゅう、と首に回した腕を解いてイギリスさんの顔を覗き込む、彼は何だか酷く切羽詰まったような表情をしていた、翡翠の煌めきを持った瞳が苦しげに細められている様は見ているこちらの胸も締め付けられる程だ、彼と私の視線が交わる、イギリスさんは私を見ると切なそうに、酔ってるん、だよな・・・と呟く、シリアスな雰囲気を纏ってしまったイギリスさんをなんとかしようとその呟きに対して場違いに明るく、よってませんよー、というと彼はふう、と大きく溜息を吐いてあやすように私の頭にぽんぽんと手を乗せた、その優しげな仕草に思わず胸の奥がきゅうとなる、当初の目的だった筈の甘えたいという欲はこれで十二分に果たす事が出来たけれどそれでは少し物足りない、彼の懐の広さが予想以上に広い事が分かったのは収穫だったけれど、乗りかかった船だこうなったら最後まで乗り続けてみせる、変に頑固な自分の考えに突っ込んでくれる人は誰も居なかった
「うーん」
「日本?」
「ねむい・・・」
「寝るならホテルにしとけ日本、帰るか?」
「ねたいです」
「分かった、ちょっと待ってろよ送ってやるから」
幼い子の駄々のような物言いにも動じずイギリスさんはまだ酒を飲みわいわいと騒いでいるメンバーに私を送るから抜ける、後は勝手に解散でもなんでもしろ、と言い放つ、全裸のフランスさんがその言葉に、送り狼になるなよーと間の抜けた声で返事をするとイギリスさんは禍々しいオーラを放ちながらフランスさんに近づき数回鈍い音が辺りに響く、次の瞬間にはいつも通りフランスさんは床に沈んでいたイギリスさんはそれに一瞥もくれず、ぱっぱっと手を払って私の方へと近づき、立てるか?と聞いてきたので立ち上がろうとしたが長時間同じ姿勢でいた為足がふらついて私はまたその場に座ってしまう、実際酔いはさほど回っていないから歩くのに不自由は無いが私の動作を見たイギリスさんはまともに歩けない程酔っていると判断を下したらしく私の肩に腕を回しゆっくりと私を立ち上がらせた、ぱっと見ただけではイギリスさんは細身に見えるが回された腕は思ったよりがっしりとしていてしなやかな筋肉がそこについている事が服の上からでも分かった、まるで介護をされている気分になりながらタクシーに乗りホテルの部屋の前まで行くとイギリスさんは後は自分で出来るか?と聞いてきたが私はそれに答えずぎゅう、と彼のスーツを掴む、すると彼は少し体を強張らせて部屋の鍵を開け中に入る向かった先は寝室だ私をベッドの端に腰掛けらせると今度こそ帰ろうとイギリスさんは踵を返す、だが私は彼のスーツの裾を掴み動きを封じた
「おい、日本、もう一人で大丈夫だろ?」
「まだです」
そうまだだ、でもこれでダメならもうお終いにして彼と別れようと考え私は最後の行動を起こす
「いぎりすさんも、いっしょにねましょう?」
自分で言ってこれは寒い、と思った、爺が一緒に寝てくれだんなんて洒落にすらならない、流石にこれは不味かったですかねと思った瞬間だった、イギリスさんは私の方へ振り返るとどん、と肩を強い力で押し私はバランスを保てずベッドに倒れ込む、先程までとは違う乱暴な扱いに怒らせてしまったと私は内心冷や汗をかく、ここまで怒らせるつもりはなかったしこんな風に怒るとも思って無かったがよく考えれば散々私の我が儘に付き合ってくれたのだ、もう限界だったのかもしれない、ギシリ、と音を立ててイギリスさんがベッドに乗り上げ私に覆いかぶさる、どうしよう殴られる、飲み屋でのフランスさんの姿が脳裏を過り私は咄嗟に瞳を閉じ体を固くする、けれど衝撃は待てども来ずその代わりに唇に何か柔らかいものが押し当てられる、え・・・?
ぱちり、と目を開けると飛び込んできたのはぼやけた緑色だった、ぶれる焦点を必死に合わせるとそれは見慣れたイギリスさんの瞳で、けれどこんな至近距離から見た事など今まで一度もない、近過ぎる距離、唇に触れる柔らかいもの、この二つからとんでもない事実を導き出した私は声にならない悲鳴を上げた
「ーーーー!!」
どうして、一体何でイギリスさんが私に、これはどういう、頭の中は既にパニックでまともに考える事など出来ない、慌てて私は彼を引き離そうと彼の胸板を両手で押すが彼の体はびくともしない、体格差はここまであったのかと今まで意識していなかった事実をまざまざと突きつけられ私は愕然とした、更にイギリスさんは唇を離す事なく彼を押す私の手を片手で押さえ頭上へと纏め上げる、一気に不利な状況へと転落した私を彼は更に追いつめる、彼は私の腕を押さえ付ける方とは別の手で、ゆっくりとしかし明確な意図を持って私の脇腹を、それはもういやらしい手付きで撫でた、その瞬間ぶわりと一気に体温が上がる、彼の手はそこを執拗に往復しその度に私は体をびくりと強張らせる、そして間の悪い事に唇を塞がれている為呼吸が出来ず頭がくらくらしてきた、酸素を体に取り込みたくて彼を離そうと体を捩るが逆にその所為で酸欠状態が酷くなり私はくたりと体から力を抜く、苦しい、熱い、その言葉ばかりが頭の中を埋め他には何も考えられなくなる、体を小刻みに震わせながらもう限界だと思った瞬間イギリスさんはやっと唇を離した、私はその瞬間彼を押しのける事も逃げ出す事も忘れて呼吸しようと口を開き酸素を取り込む
「ーーーーッ!?!?」
充分息を整える前にイギリスさんは再び唇を重ねてきて、にゅるり、としたものが私の口の中に侵入してくる、驚いた私は感情そのままにビクン、と体を跳ねさせる、これは、いや、そんな、嘘、にゅるにゅるしたものは私の舌に絡み付きくちゅ、と高い水音を暗い室内に響かせるそのいやらしさに体が火が出そうな位熱を帯びる、息つく間も無く与えられる刺激に体の震えが止まらない、じわりと汗が背から噴き出して着ているシャツを体に貼り付かせて気持ち悪い、酸欠で瞳からはじわりと涙が溢れ視界がぐちゃぐちゃになる、もういやだ、口内で動く、認めたくはないがイギリスさんの舌であろうそれはあちこちを這い回り最後に上顎をつつ、と撫でる、くすぐったさとは別の何かが体を走りその衝撃で私は一際大きく体を跳ねさせた、くちゅ、と私の口内からそれが引き抜かれ唇が離れると彼の口と私の口の間には一本の銀の糸がつながっていて酷く扇情的だった、やっと巡ってきた機会に私はまるで魚のように口をはくはくと動かして必死で酸素を取り入れる、体は彼の行為ですっかり弛緩してしまい動きそうにない
イギリスさんはそんな私を暫く見降ろした後私の体をぎゅ、と力強く抱きしめる、その際先程の行為の余韻で体がびくりと跳ねたが彼はそれに構わず肩に顔を埋めると苦しそうに言葉を吐き出した
「すき、だ、ずっと前から好きなんだ、日本・・・酔ってるのは分かってるでもそんなに煽らないでくれ俺だってキツイ」
頭をガン、と鈍器で殴られたような衝撃が走る、え、え、私は男で爺でイギリスさんも男で、そんな・・・振り絞るようにして告げられた言葉が友人としての好意では無い事は私でも分かる、けれど私は今の今までイギリスさんを友人としてしか見てこなかった為唐突に言われた言葉はひたすら困惑しかもたらさない、ああ、もう困りました
「でもお前はこの事も酔いが醒めれば忘れちまうんだろうな・・・」
顔を上げたイギリスさんと視線が絡む、室内の薄明かりに照らされた顔は浮世離れした美しさだ、じっくりと見る事等無かったが見れば見る程その美しさを認識させられる、至近距離にある驚く程整った顔を悲しげに歪めてイギリスさんはじ、と私を見詰めるその瞳の奥は見た事のない色をしていた
「明日になればまたいつもの俺だ、でも今はどうかこの想いをお前に告げる事を許して欲しい」
慣れない事をなんてするものではない、藪をつついてうっかりほら蛇が出てしまった
「日本、好きだ」
随分とまあやさしい蛇ですが
2011.09.16
あとがき
(いつもは甘やかすポジションの祖国が急に甘えたくなってしまった話が書きたくなって出来た話でした、ちなみにイギリスが打ち上げでお酒をあまり飲んでいなかったのは日本が隣に座っていたからです、日本の隣で酔って醜態を見せたくないというのもありますが日本の事を意識しまくっている今の状態で酔っ払うと以前から隠していた感情を日本にぶちまけてしまうかもしれないのが怖いというのが一番の理由です、まあお酒セーブしていた意味ありませんでしたけどね、後日そんなイギリス視点の話も上げるつもりです)