夜の帳が下りた頃大英帝国は己の屋敷の長い廊下を年代物の洋酒を片手に歩いていた、同じ間隔で嵌められた窓に映る自分の姿はどれも不機嫌そのもので男は苦笑いする、こんな表情であいつと会えばまた仲違いをして終わりだ、今度こそ、らしくもなく緊張して自己防衛の為の虚言を吐いてしまわないように念じながら彼は意中の相手が宿泊している部屋へと足を進める。大日本帝国は大英帝国の想い人であり同盟相手である、だが大英帝国との関係は良好とは程遠い所にあり本来であればこうして相手の屋敷に泊まるなど考えられもしない所だ、その人物が今なぜこうして屋敷に居るのかというと全ては二人の関係に頭を悩ませていた上司達の取り計らいによるものである、少しでも良い方向に二人の関係が改善されればと英国視察の名目で彼らは大日本帝国を大英帝国の屋敷に数日間滞在させることにしたのだ、当の本人は反対していたが上司に言われれば従わざるを得ない。初めて会った時から彼に心を奪われていた大英帝国は上司が与えてくれたこの機会に少しでも仲を改善しようとこうして手土産に酒を携え、よしんば相手の機嫌が良ければ共に酒を飲み話をする心づもりで居た、世を統べる大英帝国が何てザマだと男は辿り着いた相手の部屋の前で息を吐き出し重厚な造りの扉によくなめされた黒の革手袋に包まれた手の甲を数回叩きつける。が、返事は無い、待つのが嫌いな性分の男は一応断ったのだからとドアノブを回し部屋に一歩踏み入れた、その瞬間強烈なアルコールの香りが鼻につく、咽返る程のそれに眉間に深く皺を刻んで何が起きているのか確かめる為にも男は奥へと進んだ、一つ一つ丁寧にカットされたクリスタルが連なるシャンデリアが仄かに照らす室内は薄暗く目が慣れるのに少し時間がかかった、繊細な装飾がなされた壁を飾る絵皿、透かし彫りを随所にあしらいふんだんな細工が施されたローズウッド製のキャビネットを通り過ぎた更にその奥、重厚感のあるワインレッドのレザーソファにしどけなく横たわる男の姿を見つけて大英帝国は思わず目を見開く、大日本帝国がこんな風などこか砕けた格好をしているということもそうだが視線はその前にある大理石のテーブルの上から離れない、マホガニーのフレームを四角く区切った形のワインラックには大日本帝国が滞在している間相手を持て成すには十分すぎる程のワインが中に収まっていた筈だった、食に厳しい相手だと耳にしていたので勿論味も妥協していない。だがそのワインラックの中身は空でボトルはテーブルの上に乱雑に転がっている、数個はテーブルに乗り切らず毛足の長い深紅の絨毯の上だ、そんな中辛うじて中身が残っているものがあったがそれもまた大日本帝国の手中にあったので無くなるのは時間の問題だろう、予想以上の酒豪ぶりだが流石にここまで飲めば相手もただでは済まない、その証拠にいつもなら絶対見せないようなだらのない姿で大日本帝国は横たわっている、薄暗い室内ではいまいち分からないが微かに頬がアルコールによって染まっているようにも見える、どの道手土産の酒はもう飲ませるべきではないだろうと大英帝国が思ったその時気だるげに大日本帝国は来訪者に視線を移し口を開く
「おや、わざわざ大英帝国自ら私の部屋においで下さるとは恐悦至極」
くすりと嫌に艶のある声で大日本帝国は笑う、いつもの嘲笑ではないどこか誘うようなその笑みに大英帝国の心臓がどくりと脈打つ、室内の薄暗さが、アルコールの香りが、大日本帝国の妖艶さを引き立て何か見てはいけないものを見ているような倒錯的な気分に拍車をかける
「偉く機嫌が良さそうだな、大日本帝国」
「ええ、それはもう、滅多に飲めない美味しいお酒をたくさん頂きましたから」
「・・・お気に召したなら何よりだ」
一つ一つの動作が大英帝国の身体に火を灯す、会う度に獲物を向け合う仲を確かに改善したいと願っていたがこうも急変されては調子が狂う、急激に喉の渇きを感じて大英帝国は大袈裟に喉を震わせて唾液を嚥下した、それが例えアルコールによって齎されたものでも今の大日本帝国の状態は彼が望んだ形に近い
「おや?今日はまた随分と殊勝なことを言う、らしくない・・・」
「それはお前もだろうが」
「私は元々噛み付かれなければこちらから噛み付きはしない性分ですので」
言われてみればいつも獲物を向け合う発端となるのは己の言動だと大英帝国は過去を振り返り思った、そんな単純なことならばもっと早く素直に目の前の相手と接するべきだったと舌打ち一つ
「そんな所で突っ立っていずに折角ですから一緒に飲みませんか?」
断る理由など何一つ無い、ゆったりとした動作で上体を起こし大日本帝国は相手が座れるスペースを作り大英帝国はその場所に腰を下した、獲物を携えずにこんな間近に大日本帝国が居ることなど前例が無い、熱くなる身体を冷ますように大英帝国は渡されたグラスの中に入ったワインを一気に呷る、ふと視線を感じて隣を見れば相手は大英帝国の顔をじっと見詰めていた
「何だ?」
「この際ですから酒の肴にじっくり鑑賞させて頂こうかと」
頬へと伸ばされた指先が肌に触れた瞬間ビリ、と電流のような痺れが走り大英帝国の肩が震えた、触れられた箇所から発火しそうだ、そう思うほどそこは熱を帯びていて大英帝国は瞳を細める。一方大日本帝国は上機嫌に口角を上げ輪郭を確かめるように指先を何度も往復させながら相手の顔を覗き込む
「稀有な色だ、ずっと見ても飽きぬほど美しい・・・」
大日本帝国はぞくりと背筋が震える程美しい低音で囁き相手の瞳を見詰める、放たれる壮絶なまでの色香に直に当てられた大英帝国は眩暈さえ覚えた、普段の態度が嘘のような大日本帝国と部屋の雰囲気も相まって大英帝国はまるでここが現実ではないような錯覚を感じた。この部屋の中に居ると獲物を向けあっていた自分達が遠い過去のように思えてくる、ワインはまだ一杯だけしか飲んでいないが部屋を満たす香りと目の前の相手に酔わされた大英帝国はいつもの躊躇いを捨て狂ったように脈を打つ心臓を持て余しながら身を焦がす程の熱が篭った視線で相手を射抜いた、そのまま傍にあった大日本帝国の腕を掴み自分の方へ引き寄せると少しずつだが確実に互いの距離を詰めていく
「そんなに見たいなら、もっと近くで見れば良いだろ」
熱に浮かされた声で囁く頃には少し動けば互いの唇が触れ合う距離にまで来ていた、自分の言葉に反応を返さない相手に対し、沈黙は肯定と受け取った大英帝国は嫌なら抵抗しろと思いながら己の唇を相手の唇に重ねる、唇が触れあったその瞬間湧き上がった衝動に突き動かされるまま大英帝国は相手の唇を貪った、それは今まで己の欲が満たされない日々が続いた分だけ激しく荒々しい、僅かに開いた唇の隙間から大英帝国は自分の舌を差し入れて相手の舌の先端に自分のそれを押しつけるように触れ合わせた後下顎の柔らかな弾力を楽しむように舌を這わせ相手の舌の付け根の部分をくすぐった、その時、それまで静かだった大日本帝国がぴくりと僅かだが反応を示す、それに気を良くした大英帝国は今度は執拗にその部分を攻めると相手の身体から徐々に力が抜けていく、腕を掴んでいるだけでは支えきれない、いつしか二人の態勢はソファに仰向けで横たわる大日本帝国に大英帝国が馬乗りになった形に変化していた、その態勢になるまでの過程で大日本帝国は手に持っていたグラスを絨毯の上に落としてしまい中身の入ったそれはまるで血が流れ出したかのような深紅の染みを作っているがそんなこと大英帝国はどうでも良かった、ソファの上に二人が倒れ込む間でさえその唇は一度として離されたことはない、抑えていた欲を満たすにはその一瞬ですら惜しいらしい、予想外に抵抗してこなかったばかりか焚き付けるように自ら舌を絡ませてくる大日本帝国に良いように煽られて大英帝国の行動がエスカレートする、キスだけではもう足りないと片手で密着するように相手の腰を抱き、手袋を引き抜いたもう片方の手で相手の黒の軍服を乱しシャツの下から手を入れ直に肌に触れると酒の所為か思った以上にそこは熱くて伝染したように大英帝国の熱も上がる、互いの舌を絡ませながら相手の脇腹を撫で上げれば大日本帝国がくぐもった声を出した、その反応がたまらなくて大英帝国は相手を追い詰めるように際どい所撫で上げる。散々口内を貪り相手の上衣を乱しに乱した所で大英帝国は大日本帝国を解放する、唇を離せばどちらのものとも知れない銀糸が二人を繋いでいた、荒い息を吐き出しながら呼吸を整える二人、大日本帝国はすっかり行為で身体を弛緩させその瞳はどこかぼんやりとしているそれでも大英帝国はまだ不十分だとその先の行為を強請るように相手の名前を呼んだ
「大日本帝国・・・」
その低く甘い声はかすれていて相手の鼓膜を心地良く震わせた、解放された大日本帝国はひとしきり荒い息を吐き出した後相手に名前を呼ばれた所で数回瞬きをしそして
「大英、帝国・・・」
応えるように相手の名を呼んだ後意識を飛ばした
普段の彼から考えれば異常とされることをしてしまう程に彼は酔っていたのだからそれもまた無理のないことだ酔っぱらないの行動など誰も予測が出来ない、だが故に性質が悪い、すう、と穏やかな寝息を立てている相手の目の前には限界まで熱が篭った身体を持て余した大英帝国が一人、彼は瞳を閉じた大日本帝国に一瞬目を丸くした後全てを理解した、あまりのタイミングの悪さにいっそ笑いすらこみ上げるが自分の状態を鑑みると笑えない、それでも固く瞳を閉じた男が起きる可能性は皆無に等しく彼はただ一人長い夜を延々と渦巻く熱を宥めながら過ごす羽目となった
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その後大英帝国は当て付けのように部屋に残った酒類は全て飲み干しなんとか己の欲と折り合いを付けた所で睡魔に襲われる、部屋に戻る気力もなくそのままソファで眠る大日本帝国の身体を抱き込むようにそこへ横たわると彼もまた静かに瞳を閉じ眠りの中へと落ちていった。
その翌朝、前日の夜の出来事を綺麗さっぱり全て忘れた大日本帝国が己の状態を一目するや否や大英帝国に斬りかかり屋敷は騒然となるのだがそれはまだ先の話である
2012.01.12
あとがき
(酔っぱらった祖国に翻弄される英帝でした、ちなみに酔っている間日帝は若い子をからかう感覚で英帝と接していますなのでそこに恋愛感情はありません)