エメラルドの炎

私にはお付き合いをしている方がいます。
豪奢な金の髪にエメラルドのような緑の瞳 、立派過ぎる眉があっても尚輝くその美貌、まるでお伽噺に出てくる王子様の様な方が今私がお付き合いしている方です。 振舞いは紳士的で、私が荷物を持っていると自然にそれを持ち、建物に入る時は扉を開けて待っていてくれたり、彼の家に遊びに 行った時などは優雅な動作でエスコートして下さいました、壊れ物に触るような扱いは少しくすぐったくて照れくさかったりも しますがやはり嬉しいと思う心が勝ってしまいます、本当に良く出来た私には勿体ない方です。 以前他の国の方にこの事を言ってみれば、あいつは菊ちゃんの思ってるような奴じゃない、君あいつの事本気でそういう風に思ってるのかい? と驚いた様に言われましたが私はいまいちピンと来ませんでした。彼はいつだって優しくて紳士的でしたから

トントン、と玄関の扉が叩かれる音が聞こえ私は玄関まで急ぐ、今日はアーサーさんが私の家に遊びに来て下さると日だ、以前会ったのは一週間位前で本当はもっと早くに会って話をしたりしたかったが互いに用事がありそれは叶わなかった、ガラリ、と扉を開ければふわりと薔薇の香りが鼻腔をくすぐる

「お待ちしてましたアーサーさん、長旅お疲れ様です」
「ああ、でも菊に会う為だからな、大して苦にはならなかったぞ」
「ふふ、お上手ですね」

優しげな表情を浮かべるアーサーさんに自然に顔が熱くなる、それを隠す為に私は口元に着物の裾を当てくすりと笑った

「嘘じゃない、会いたかった菊」

恭しく私の右手を取りちゅ、と音をたててアーサーさんは手の甲に口付ける、見惚れてしまう程優雅な動作で行われたそれに私は驚いて真っ赤になっているであろう顔を隠す事も忘れてただアーサーさんを見詰めていた、素でこういう事が出来るアーサーさんは酷く格好良いと思うけれど心臓が持たない、真っ赤になった私を見てアーサーさんは悪戯っぽく微笑み

「そうだ、菊に土産があるんだ」

私の目の前に左手を出した、けれどそこには何もなく私は疑問に思い首をかしげると、ポン!という音と共に一瞬で何もなかった筈のアーサーさんの左手は大輪の薔薇の花束を掴んでいた

「俺が育てた中で一番良いのを取って来た、受け取ってくれるか?」
「ええ、喜んで綺麗な花束をありがとうございます・・・所でこの花束、どうやって出したんですか?」

アーサーさんの手には何も仕掛けをしている風ではなかったし、右手は私の手を握っていたどこにも花束を隠しておけるような場所なんてなかったのに一体どうやったのかと尋ねれば、アーサーさんは片目をぱちりと閉じて

「それは国家機密だ」

と言ってはぐらかすように私の額に口付けを一つ落とした

奥の部屋にアーサーさんを招きお茶を淹れる為に台所へ行き丁寧お茶を淹れ盆の上に乗せて運ぶ部屋に戻るとアーサーさんは不思議そうに首を傾げていた

「何か部屋の香りがいつもと違うな・・・」

黒い革手袋をはめた手で人差し指をコの字にして口元に当てアーサーさんは言った

「花の・・・ユリの香り、か・・・?」

ユリの香りと言われれば思い当たる事が一つある、つい先日アーサーさんと会う時間をもぎ取る為、私は連日仕事を自宅に持ち帰り不眠不休でいつもの2倍の書類処理をしていた時、突然フランシスさんが私の家にやって来た、フランシスさんは仕事でたまたま日本に来ていたらしく帰りに私の家に遊びに来たようだが私の状態を見るなり目を丸くする、それもその筈私は身なりは必要最低限しか整えていない上ずっと仕事ばかりしていた所為で部屋の中はかつてない程ぐちゃぐちゃ到底人を招ける状態では無かった、しかも招いた所で相手が出来る状況ではない、寝てない所為で頭がぼう、としていてつい条件反射でいつものように部屋にフランシスさんを招いてしまったがこれは玄関で丁重に家に上がるのをお断りしておくべきだった、と私はフランシスさんを客間に通してやっと気がついた

けれどフランシスさんはすぐさま私の状態を理解して部屋の掃除や私の分の食事を作る、と申し出てくれた 流石にそれは申し訳ないと断る私をやんわりとフランシスさんは制して

『菊ちゃんにはいつもお世話になってるからね、ほんのお礼だよ』

と言って部屋を片付けた後ポトフを作ってくれた、最近は時間節約の為にインスタント食品しか食べていなかったから フランシスさんの手料理はいつもの何倍も美味しく感じた、結局フランシスさんは私に料理を作った後帰ってしまったから これでは私の世話をする為に家に来たようなものだ、いつかこの埋め合わせは必ず、と言って帰るフランシスさんを見送ろうとすれば フランシスさんは唐突に私を抱きしめて、お礼ならこれで十分だよ、と言って帰ってしまった、私を抱きしめた所でそんな得する事も ないだろうに、私は抱きしめられた時嗅いだユリの香りを思いだしてくすりとその時笑った

そう、ユリの香りと言われて思いだすのはフランシスさんの付けていた香水だ、フランシスさんが私の家に来ていたのは2日前 考えられにくいがもしかしてフランシスさんの香りがこの部屋に少し残っていたのだろうか、私には全然香りなんて分からないけれど

「ユリの香り、と言えばフランシスさんが2日前私の家に遊びに来ていましたよ」

正直に話せばアーサーさんの体がぴくり、と反応する

「あいつが来てたのか・・・」
「ええ、ですが仕事に追われていたので何のお構いも出来ませんでした、挙句の果てに掃除や料理 までさせてしまって・・・本当に申し訳ない事をしました」
「いやあいつはそんな事気にする奴じゃない、それよりも菊、あいつに何か変な事されなかったか?」

心底心配そうに私を見詰めるアーサーに私はふと悪戯心がわく、アーサーさんはいつも余裕のある態度でどぎまぎさせられるのは私だけだ、アーサーさんのその余裕が崩れた所を見てみたい

「ああ、ええと、別に変な事はされていませんが、帰り際に抱きしめられました」

言った後どんなリアクションをするのだろうかと思いアーサーを見るとアーサーさんは一瞬目を丸くしたが、次の瞬間にはくすりと笑みをこぼす

「そうか、今度あいつにはきつく言っておかないといけないな」

もしかしたら嫉妬してくれるかもしれないという私の思惑は見事に空振りだった、 笑みを浮かべるアーサーさんからは嫉妬の欠片も見当たらない、寧ろ彼は嫉妬するように わざわざ誤解されるような言葉を使った私の考えを見抜いているような雰囲気があった、やはりこの方には 敵わないと私は頷いて笑った、そしてこの時私は既に二つの間違いを犯した 、一つはフランシスさんが私を抱きしめたのは決してやましい意味では無いとアーサーさんに伝えなかった事 、そしてもう一つは彼のその静かな緑の瞳の奥に嫉妬の炎がちらついていた事実を見逃した事





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拳を固めてアーサーは肩で息をして己の腕を押さえるフランシスを殴り飛ばす、 飛ばされたフランシスは壁に背を打ち付けそのままズルズルと壁伝いに下がり 床に腰を下ろすとアーサーはそれを見て嘲笑う

「おいもう終わりか?もう少し楽しませてくれよ」

フランシスの様子を見れば既にもう何度も殴られているであろうことは分かる、 もう碌に体を動かす力もないその相手に対しアーサーは容赦することなく、ガッと フランシスの着ているYシャツの襟元を掴みぐい、とその体を無理矢理立たせ息のかかりそうな距離で フランシスに詰め寄る

「人様のもんに勝手に手出してんじゃねえよ、菊は俺のだ」

外面を取り繕った所でこいつの本質は変わっていない、 あの頃から変わらず自分の宝を奪おうとする者と自分の領域を侵す者には容赦がない、 フランシスは心中で思った、そしてあの時の自分は目の男の現在の「宝」と「領域」の二つを同時に 侵したのだ、他意は無かったとはいえそれは何よりそれらを大切にしているこの男にとっては耐え難い事なのだろう 振り下ろされる拳一発一発はいつも会議でふざけあって殴られるものとは格段に重みが違っていた。

「菊ちゃんに見せてあげたいよ今のお前」
「うるせえ、今すぐその舌切り取ってやろうか?」
「びっくりするだろうね、菊ちゃん、あの子の前ではお前本当に上手く化けてるからなあ」
「黙れ、お前と喋るのはもう飽きた」

瞳に宿した剣呑な光を絶やす事はなくアーサーはフランシスを掴んでいた手を離す、力の抜けた体は重力に従いドサリ、と 床に倒れ込んだ

「いいか、これは警告だ、今度同じ事をしたらただじゃ済まさねえからな」

フランシスは黙ってアーサーを睨みつける、それを見たアーサーはチッ、と舌打ちして 再び拳を振り上げる

「ああ胸糞悪い、もうお前寝てろよ」

『アーサーさんは優しい方ですよ』

ねえ菊ちゃんさ

『この前なんか私の荷物をさりげなく持って下さって、細やかな気遣いが紳士的で少しくすぐったくなったりもします』

一体こいつのどこが

『私には勿体ないですよね、本当に』

以前アーサーの事について菊に尋ねた時に菊が言っていた言葉を思い出しフランシスは自分に迫ってくる 拳を見ながら思った、 菊の言っている事と現実には酷い齟齬がありあまりにもかけ離れたそれにフランシスは気を失う寸前少し笑みを浮かべ地に伏せる

「あいつに触れて良いのは俺だけだ」

彼の英国紳士は冷酷な表情を浮かべ瞳に獰猛な炎を宿らせていた





2011.08.17





あとがき
(菊の前では紳士ぶってるけれど中身は海賊なアーサーでした、兄ちゃんの扱いが可哀想になってしまいましたが管理人は兄ちゃんの事大好きです実にすみません)