残暑お見舞い申し上げます

盛りの頃が嘘のように少なくなった蝉の声陽射しはまだ夏の強さを残しているが幾らか角が取れたように思う、ふわりと吹く風はひんやりと肌を撫でていった、どこかでちりん、と風鈴が鳴る、茹だる様な暑さの中で聞けば心なしか涼しげな気持ちになったが夏も終わりのこの時期に聞くと冷たく感じる、夕日に照らされた街並みはどこか憂愁を誘うまるで薄紅のフィルターを通して世界を見ているかのように何もかも赤い、道を歩いていればどこからか夕餉の香りがふわりと鼻腔をくすぐり自分も家に帰ったら夕食を作らねばとくすりと笑った

帰り道を歩いていれば私の横を日にすっかり焼けた少年や学生服を着た少女が自転車で、会社帰りの疲れた表情をしたサラリーマンが歩いて通り過ぎていく、お疲れ様です、と一人一人に向かって心の中で呟く、皆これから帰るのだろう自分の帰るべき場所へと、そう皆帰る、公園の前を通り過ぎれば木の下に蝉が仰向けに倒れて足を広げていた、これも一つのかえるべき場所なのだろう、けれど貴方がそこへ還るにはまだ早い、人差し指を蝉のすぐ近くへ持っていけばその足はしっかりと私の指を捕まえた持ち上げてもしっかりとそこに留まっていられる所にいのちの力強さを感じる、木の幹へと指を近づければ促さずとも自然に移動し蝉は木の幹にしがみ付いた、それを見送って私は元の道を歩いた

自分の家の玄関に着く頃には夕闇が迫り辺りは薄暗く夜の気配がすぐそこまで迫っていた、鍵を懐から取り出し家の鍵を解錠してガラリと戸を開ければ後ろで誰かが砂利を踏む音がした、振り返って見れば待ち望んだ人がそこに居て一瞬目を丸くする、告げられた時刻より少し早くまだ晩御飯も作れていないけれど早く会えて嬉しく思う

「お帰りなさい」

心情のままに微笑めば相手も、ただいま、と笑う、これから晩御飯を作ってテレビでも見ながらゆったり過ごそう、今日は久々に会うから奮発して秘蔵の日本酒でも出して会えなかった間何があったのか相手の話を肴にするのも悪くない、夜風は少し冷たいけれどこれから訪れる時間はそれを忘れさせる程あたたかいに違い無い、そう確信して私達は家の中へと足を踏み入れた

ガラリと閉じられた戸の内側で真っ黒だった空間に光が灯り楽しそうな話し声が聞こえる、その外では夏の終わりを告げるように虫達がさざめき鈴のような音が辺りに響いていた





残暑お見舞い申し上げます















あとがき
(最近秋の気配が徐々に色濃くなってきたので季節感のある文をかきたいと思い出来た話です)