藪蛇の続きです読まれていない方はこちらからどうぞ
静かに部屋のドアが閉められた音を聞いて私は仰向けの体勢のまま額に手の甲を乗せる、未だに耳に残るイギリスさんの言葉が頭の中に反響する、先程は戸惑いしか齎さなかったが今では私を攻めるように頭の中に響いているように感じる、私は馬鹿だ、イギリスさんは今までそういう意味で私を好きな素振り等見せた事は無い、という事はいつもその想いをひた隠しにして私と接してくれていたという事になる、それなのに私はその想いを踏み躙ってしまった、誰かに甘えたい、そんな自分勝手な理由で
これから私はどうすればいいのだろう、イギリスさんは幸か不幸か私が酷く酔っていて先程の出来事も覚えていないだろうと思ってくれている、だとすればこちらもそれに合わせて何も覚えていないように振る舞うべきだろうか、それとも覚えていると彼に告げきっぱりこの件にけりをつけた方がいいのだろうか私には分からない、安易に前者の方を選択してしまいそうな自分を叱咤して考える、私はイギリスさんの事をそのような目で見た事は無かったし今でも良い友人だと思っている、イギリスさんにとっては酷な言い方になってしまうが今までが今までなのでこの先イギリスさんを恋愛対象として見れる自信は正直無い、見込みのない相手をずっと想い続けるよりも新しい恋を見つけて過ごす方がイギリスさんにとってもいい筈だ、こんな爺よりも魅力のある人は数多く居るのだしイギリスさんは同性の私から見ても整った容姿をしているからすぐ相手が見つかるだろう、となればここはお互いの為にきっぱり彼に告げるべきだ、あなたの事は良い友人だと思っている、それはきっとこれからも変わらない、だからあなたの想いには応える事が出来ない、と、私の身勝手な行動で告白させておいてそれを断るなんて随分と良い身分になったものだと自嘲的に笑う、断ってから少しの間はギクシャクするかもしれないが時間が経てばまたいつものようにお互い良い友人に戻れているに違いない、苦しげに想いを私に告げたイギリスさんの表情が脳裏に浮かび罪悪感にかられるがそれでも前に進む為には告げねばならない、それが自分に出来るせめてもの罪滅ぼしなのだから
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それから一週間後私の家で世界会議が行われる事になり私はこの機会を利用してイギリスさんに考えた通りの事を実行しようと腹を括ってその場に臨んだ、私は開催国なので各国の皆さんが来るよりも大分前の時間に来て会議室を整えながらイギリスさんの事を考えていた、まずイギリスさんに会ったら会議が終わったら少し話したい事があると言って了承を貰えたら休憩室に呼び出してそこで告げて終わりだ、手順は簡単だが問題は私が気遅れしてしまう事だ、良い内容では無いだけに朝から変に緊張している、今だっていつもならすぐに終わるはずの配布資料を机に並べる作業ですら手元が覚束ず変に時間がかかってしまっている、私は大きく息を吐き出してうるさい心臓を落ち着かせようとするが一向におさまる気配は無い
「私が怖がってどうする、イギリスさんはもっと辛いかもしれないのに」
「俺が何だって?」
突然背後から聞こえた声にびくりと肩が大袈裟な位跳ねる、後ろを振り向けばそこには予想通りイギリスさんが立っていて私は内心酷く動揺した、独り言を聞かれていた事もそうだがまだ会議が始まるまでに大分時間がありイギリスさんが会議室に来るとは夢にも思っていなかった、心の準備がまだ出来ていない、私はいつも彼とどんな顔をして話をしていただろう、いやそんな事よりもイギリスさんの問い掛けに何て返せばいいのか、ごちゃごちゃした頭のまま咄嗟に出た言葉は、独り言聞こえてました?という当たり障りのないものだった
「いや、俺の名前だけしっかり聞こえたけど後は聞きとれなくってさ、何て言ってたんだ?」
「え、えと別に大した事では無いのでお気になさらず」
「ん、そうなのか?まあいいけどさ・・・あ、そうだ、予定よりも随分早く着いた事だし会議の用意手伝うぞ日本」
「いえ、私一人で大丈夫ですのでイギリスさんは休憩室で休んでいて下さい」
「遠慮するな、俺がやりたいんだ」
そう言ってイギリスさんは私が持っていた資料の山を半分以上持って配り始める、その態度はあの日の夜の事が自分の夢だったのではないかと疑ってしまう程いつも通りのイギリスさんのものでこのまま何も告げずに過ごした方が良いのかと思ってしまう位だ、情けない事に私の決意はかなり揺らいでいた、だがここ一週間ずっと考えても結論はイギリスさんに想いを告げてきっぱり諦めて貰う、で完結した筈だここで挫けてどうする、私はまたイギリスさんに叶わぬ想いを抱かせ続けるつもりか、そんな事してはいけない私は彼の想いを知ったのだから、自らを奮い立たせて私は彼と同じく資料を配り始めた
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会議内容はさっぱり頭に入って来なかった、会議が終わり食事に誘ってくれる方々に断りを入れ誰も居なくなった所で私は深呼吸して休憩室へと向かう、イギリスさんには会議の休み時間に了承を貰いそこで待って貰っている、じわりと汗をかく掌をハンカチで拭って私はまた一つ深呼吸をした、そもそもこれは自分が起こした事なのだから私がけりをつけねばなるまい、大丈夫だ、落ち着け、こんな事で緊張するなんて私もまだまだ青いですね、と思った所で休憩室とドアにプレートが貼られた部屋の前に着いてしまう
、不自然な程早い心臓を宥め意を決して私はドアノブを回した
「遅くなってすみません、イギリスさん」
てっきりソファで寛いでいるものだと思っていたイギリスさんは窓辺に立ち空を眺めていた、何故か私はそれが同盟前夜一人丘に立ち尽くし星を眺めていた彼の姿に重なって見えたイギリスさんは私の言葉にそんな遅くないだろ、気にしすぎだと笑って私に向きなおる
「で、話したい事って何だ?日本」
「あの、丁度一週間前の夜の事で少し・・・」
そう言うとイギリスさんは少し目を丸くして、そうか、と呟いた、数秒の沈黙、どう言葉をつなげば良いか考えあぐねていた私に代わって最初に口を開いたのはイギリスさんだった
「やっぱり、あの夜の事覚えていたんだな」
たった一言で私の言わんとしている内容について察したらしいイギリスさんに内心驚きながらも私は彼の言葉の意味を計りかねて問いかける
「え、やっぱり・・・?」
「日本の態度がぎこちなかったから、朝会った時点でもしかしてと考えてた」
「鋭いですね、巧く隠していたつもりだったのですが」
その答えにイギリスさんは苦笑いを浮かべるがすぐにそれは真剣な面持ちに変化する
「すまない、俺は酔ってるお前に・・・最低な事をしたって分かってる本当にすまなかった」
「いえ、謝るのは私の方です、私は貴方の気持ちを踏みにじった、実は私あの時酔って無かったんです」
「え・・・どういう事だ?」
イギリスさんが戸惑うように目を丸くする、その表情を見て急速に口の水分が無くなっていく声を出すという事はこれほどまでに難しかっただろうかけれど言わなければならない私がここで逃げてイギリスさんだけが悪者のようになるなんてそんな事絶対にしてはならない
「私、あの時年甲斐も無く誰かに甘えたくなったんです、けれどなかなか人に甘えるなんてこと、私、どうしても出来なくてそれでお酒に酔った振りをして傍に居たイギリスさんにあんな事を・・・本当に申し訳ありません」
頭を下げれば、イギリスさんが焦ったように、頭なんて下げなくていい日本、と言ってくれたので私は恐る恐る頭を上げる、私の想像に反してイギリスさんの言葉から怒りは感じられず寧ろ彼は先程よりも表情を暗くして言葉を紡ぐ
「お前は何も謝るような事はしてない、俺に甘えてくれたって事はその位俺を心を許してくれてたって事だろ?そんなお前に俺はあの夜無理矢理・・・本当はあんな事するつもりも言うつもりもなかった、でも自分自身を抑えきれ無かったのは俺の弱さだ、どう責任を取れば良いのか何が最善なのか情けない事に俺には分からないんだ、だから日本の好きにしてくれ、最低だと罵ってくれても何なら気が済むまで殴ってくれたって構わない」
まるで激しい痛みを堪えるような表情だ、見ているこちらも辛くなる程に、まさかここまでイギリスさんが自分を責めているだなんて考えてもいなかった自分の認識の甘さに私は歯噛みする
「止めて下さい、私イギリスさんを罵るつもりも殴るつもりもありません、寧ろそうされるべきなのは私の方だと思っています、イギリスさんにそこまで自分を責めさせてしまったのは他ならぬ私ですから」
「お前が気に病む事じゃない、それにそんな事俺に出来る訳無いだろ・・・」
後半は呟くような音量だったが私の耳はしっかりとその言葉を拾い上げていた、最善とは何だろう、今から私がしようとしている事も最善ではないかもしれない、けれど
「イギリスさん、私が貴方をここに呼んだのはただ自分がしてしまった身勝手な行いのけじめをつけに来たんです、好きにして良いという言葉に甘える形になりますが」
これで彼も私なんかに捕らわれずに前に進めるのだと信じている
「あの夜の返事をさせてくれませんか?」
イギリスさんは一度目を閉じ再び開いて覚悟を決めたような瞳で私を見詰める、恐らく彼は私の返事を分かっているのだろう笑みを象ろうと努力しているのは分かるが表に出た表情は泣き笑いのような歪な形で身を切られる思いがしたがきっと一番辛いのはイギリスさんだ、その彼が必死になんともないと振る舞うように笑っているのなら私も笑わないでどうする
「・・・それをお前が望むなら」
「ありがとうございます」
色々な感情がぐちゃぐちゃになってしまい喉が引き攣る、一呼吸置いて私は声を出す為息を吸い込み吐き出す
「私、イギリスさんの事はこれからも良い友人としか見れないと思います、だからすみませんが、貴方の想いには、応えられません」
イギリスさんは相変わらず歪な笑みで私を見詰めて口を開く
「そうだよな・・・ありがとう日本ちゃんと答えてくれて」
その時の表情を私は多分一生忘れない、イギリスさんはまるで迷子の子供のように頼りなさげで今にも壊れてしまいそうだと錯覚させる程、切なげな表情を浮かべていた
「すまない・・・時間が押してるんだもう行かないと」
そんな事今まで一言も言っていないのに急にイギリスさんはくるりと踵を返し部屋を出て行こうとする、けれどそんな危うげな状態のイギリスさんを放っておく事が私にはどうしても出来なくて私は慌ててその腕を掴むと彼は止まってくれたが一向にこちらを見る気配は無い
「待って下さい、イギリスさん!」
「・・・離してくれ日本」
「出来かねます、こんな状態の貴方を放っておけません」
そう言うとイギリスさんは前を向いたまま少し俯く
「お前は優しいな・・・でも、優しいけど残酷だ、頼む、一人にしてくれ」
イギリスさんの言葉は私に少なくは無い衝撃を齎した、静かな言葉のその裏にはどれ程の想いが込められているのだろう、掴んだ腕が微かに震えているのに気付き私はゆっくりとその腕を解放した、イギリスさんはそのまま前に進み休憩室から出て行く、その背中を私は見送る事しか出来なかった
2011.09.29
あとがき
(常に無い状態で緊張していた所為もあってか空気を読めなかった祖国でした)